著者
モーエン ジョン V.
出版者
北海道東海大学
雑誌
北海道東海大学紀要. 人文社会科学系 (ISSN:09162089)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.203-214, 1991

反シオニズムと反セミティズムという用語は殊にアメリカにおいては必ずしも正しく区別していない。厳密に言えば, シオニズムには宗教的, 文化的, 政治的側面という三つの側面があるが, いずれにしても, この二つの用語の区別は長年にわたって曖昧である。私見によれば, むしろ意識的に曖昧にされているとさえ言えるが, これは特に自己の利益のためにも出来るだけイスラエルを敵にまわしたくないと考える人びとの意図するところである。この賢明ともいえる曖昧さのために前述の二つの言葉が文字通り同義語のように扱われるのである。本稿では, 宗教的, 文化的側面からみたシオニズムと比べて政治的シオニズムはかなり後発的なものであることを思い起こせば, 当然, これらの言葉は区別できるという立場をとっている。ある意味では, それはホロコストの恐怖に対する反応であり, 充分正当化できる。また別の意味では, 何世紀にもわたって他の民族が占領してきた土地をめぐる, 歴史的不幸の産物でもあった。本稿は, ユダヤの国家がかかえる最大のジレンマを, その発生, 否, それ以前にもさかのぼって検討する。そのジレンマとは, 限られた地でいかにアラブの兄弟たちと調和を保って生きるかということであり, これほどやっかいな問題は他に類をみない。
著者
モーエン ジョン V.
出版者
北海道東海大学
雑誌
北海道東海大学紀要. 人文社会科学系 (ISSN:09162089)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.149-175, 1988

「音楽・魔術・メタポリティックス」では, トーマス・マンの最後の傑作小説『ファウスト博士』を分析, 解明する。『ファウスト博士』は, マン自身の言葉を借りれば「文明の直面する危機状態から悪魔との契約への逃避, そしてファシズムという国家主義的狂乱のうちに崩壊に終わってしまう破壊的かつ空虚な幸福感ごときものへの逃避」を扱っている。この20世紀最大の変動をかくも奇抜に扱う由来は, ファウスト伝説にある。これが西洋キリスト教文化に重要な意味をもつのは, 自分の魂を地上での報いのために悪魔に売り渡してしまうという点においてである。物語中の作曲家はアーノルド・シェーンベルク(無調性を特色とし, 基本的に古典的調音を乱す20世紀現代音楽の創始者)と, フリードリッヒ・ニーチェ(「神はヨーロッパ人の心の中では死んでしまった」と知り, これまた反キリスト的なスーパーマンを創造した)の両方の特徴を併せもつ。アードリアーン・レーヴァーキューンという名で呼ばれる「自然の力」の相手役と引き立て役をつとめるのはブルジョア・ヒューマニストのゼレーヌス・ツァイトブロームであり, 彼は人類の美徳を代表する。周知のごとく, ツァイトブローム側の完全勝利であったが, それは, 死と世界の破滅という最も恐ろしい事態に陥った後のことである。