著者
並河 洋
出版者
国立科学博物館
雑誌
国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.57-62, 2006

相模湾産ヒドロ虫類については,東京大学に在籍していた稲葉昌丸が1890〜1892年に三崎で研究を行ったのが始まりである.その後,相模湾産ヒドロ虫類についての研究は,ドイツ人研究者E.Stechowに受け継がれた.彼は,F.Dofleinが1904年に相模湾で精力的に採集しドイツに持ち帰った数多くのヒドロ虫類標本について研究したのである.さらに昭和天皇は,相模湾産のヒドロ虫類について1929年から約60年にわたってライフワークとしてご研究を続けられた.この約110年におよぶ相模湾産ヒドロ虫類についての研究史についてはHirohito,his Majesty the Emperor Showa (1988)や山田(1996)により概観されている.これらの研究の結果,相模湾からは無鞘類67種,有鞘類184種のヒドロ虫類が報告された(Hirohito, 1988, 1995).久保田(1998)によると日本から無鞘類141種,有鞘類276種,計417種がこれまでに記録されている.つまり,相模湾から日本産ヒドロ虫類の約60%にあたる種が報告されていることになる.このことは,相模湾がヒドロ虫類相の豊かな海域であることを示すものであると考えられる.本調査研究は,21世紀初頭の相模湾のヒドロ虫類相を把握することを目的として,国立科学博物館の調査研究プロジェクト「相模灘およびその沿岸地域における動植物相の経時的比較に基づく環境変遷の解明」の一環として2001年から2004年にかけて実施された.そのために,本研究では,過去に重点的に調査された相模湾東部海域を中心として,相模灘までの広範囲な海域に調査範囲を拡大し,ドレッヂ調査による標本収集を試みた.しかし,一方で,人工漁礁の造成による人為的な海底環境の変化や多数の商業船の往来する航路の存在等により,過去に重点的にドレッヂ調査がなされた海域において調査が十分に行えなかった.また,今回得られた標本については,類別形質として最も重要である生殖体がみられないものが多数あった.このうち一部の無鞘類については,生体標本として実験室に持ち帰り,生殖体を形成させるために飼育を行うことで類別形質を得ることができた.しかし,多くの種については十分な同定ができず,結果として同定された種は無鞘類6種,有鞘類13種の29種にとどまった.これらのうち14種が属までの同定でしかない.このことから,現時点では過去の調査のデータと比較し,相模湾のヒドロ虫類相について十分な議論をすることはできなかった.しかしながら,今回の調査では,1新記録種Merona cornucopiaeを得ることができ,また,Hydractinia cryptogoniaの標本を70年ぶりに採集することができ,相模湾のヒドロ虫類相についての新たな知見を加えることができた.このことから,今後も相模湾とその周辺海域において生物相調査を継続することにより,特に類別形質を持つ多くの標本を収集することにより,さらに新知見を得ることが期待される.

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