著者
出口 竜作 小野寺 麻由 並河 洋
雑誌
宮城教育大学紀要
巻号頁・発行日
vol.47, pp.95-100, 2012

刺胞動物門ヒドロ虫綱に属すタマクラゲ(Cytaeis uchidae)は、生体内に緑色蛍光タンパク質 (Green Fluorescent Protein; GFP)様の物質を持ち、青色光を照射すると緑色の蛍光を発する。本研究では、タマクラゲのGFP様物質がどのような時期に、どのような部位で発現しているのかを詳しく調査するとともに、GFPを題材とした授業の立案および実践を行った。まず、共焦点レーザー顕微鏡を用い、タマクラゲのクラゲにおけるGFP様物質の局在について調べたところ、緑色蛍光は主に傘の外側と内側の上皮、および生殖巣の上皮に見られることが分かった。次に、ライフサイクルの各段階における緑色蛍光の有無と分布について調べたところ、配偶子(卵・精子)、受精卵、初期胚、プラヌラ幼生には、蛍光の発現が認められなかったのに対し、プラヌラ幼生が変態して生じるポリプには、主に体壁の上皮に蛍光が見られた。また、クラゲ芽(後にクラゲとして遊離)も蛍光を持っていたが、ポリプどうしを繋ぐストロン(走根)は持たなかった。古川黎明高等学校の生徒を対象に行った授業実践では、蛍光やGFPについて基礎的な説明を行った後、青色の発光ダイオード(LED)を用いた光源を自作してもらい、それをクラゲやポリプに照射してGFP様物質の観察をしてもらった。事後に行ったアンケート調査からは、この授業が生徒の興味・関心を引きつけ、生徒にとって理解しやすい内容であったことが判断できた。
著者
並河 洋
出版者
国立科学博物館
雑誌
国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.57-62, 2006

相模湾産ヒドロ虫類については,東京大学に在籍していた稲葉昌丸が1890〜1892年に三崎で研究を行ったのが始まりである.その後,相模湾産ヒドロ虫類についての研究は,ドイツ人研究者E.Stechowに受け継がれた.彼は,F.Dofleinが1904年に相模湾で精力的に採集しドイツに持ち帰った数多くのヒドロ虫類標本について研究したのである.さらに昭和天皇は,相模湾産のヒドロ虫類について1929年から約60年にわたってライフワークとしてご研究を続けられた.この約110年におよぶ相模湾産ヒドロ虫類についての研究史についてはHirohito,his Majesty the Emperor Showa (1988)や山田(1996)により概観されている.これらの研究の結果,相模湾からは無鞘類67種,有鞘類184種のヒドロ虫類が報告された(Hirohito, 1988, 1995).久保田(1998)によると日本から無鞘類141種,有鞘類276種,計417種がこれまでに記録されている.つまり,相模湾から日本産ヒドロ虫類の約60%にあたる種が報告されていることになる.このことは,相模湾がヒドロ虫類相の豊かな海域であることを示すものであると考えられる.本調査研究は,21世紀初頭の相模湾のヒドロ虫類相を把握することを目的として,国立科学博物館の調査研究プロジェクト「相模灘およびその沿岸地域における動植物相の経時的比較に基づく環境変遷の解明」の一環として2001年から2004年にかけて実施された.そのために,本研究では,過去に重点的に調査された相模湾東部海域を中心として,相模灘までの広範囲な海域に調査範囲を拡大し,ドレッヂ調査による標本収集を試みた.しかし,一方で,人工漁礁の造成による人為的な海底環境の変化や多数の商業船の往来する航路の存在等により,過去に重点的にドレッヂ調査がなされた海域において調査が十分に行えなかった.また,今回得られた標本については,類別形質として最も重要である生殖体がみられないものが多数あった.このうち一部の無鞘類については,生体標本として実験室に持ち帰り,生殖体を形成させるために飼育を行うことで類別形質を得ることができた.しかし,多くの種については十分な同定ができず,結果として同定された種は無鞘類6種,有鞘類13種の29種にとどまった.これらのうち14種が属までの同定でしかない.このことから,現時点では過去の調査のデータと比較し,相模湾のヒドロ虫類相について十分な議論をすることはできなかった.しかしながら,今回の調査では,1新記録種Merona cornucopiaeを得ることができ,また,Hydractinia cryptogoniaの標本を70年ぶりに採集することができ,相模湾のヒドロ虫類相についての新たな知見を加えることができた.このことから,今後も相模湾とその周辺海域において生物相調査を継続することにより,特に類別形質を持つ多くの標本を収集することにより,さらに新知見を得ることが期待される.
著者
藤田 敏彦 並河 洋
出版者
国立科学博物館
雑誌
国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
巻号頁・発行日
vol.44, pp.31-37, 2006
被引用文献数
1

トゲクモヒトデ科のOphiocnemis marmorataは,通常砂泥底に棲息しているが,インド・太平洋域で鉢水母のビゼンクラゲ類に付着している姿が稀ながら目撃されていた.最近,フィリピンのパラワン島で,多くのビゼンクラゲRhopilema esculentumの傘内や口腕に本種が1〜数個体付着しているのが潜水によって観察された.また,鹿児島で得られたビゼンクラゲにもこれが付着していることが判明し,ビゼンクラゲ類を分散の手段として利用している可能性が示唆された.1.クモヒトデ類の浮遊生物への付着現象はOphiocnemis marmorataのみで見られる珍しい現象であり,ビゼンクラゲへの付着を初めて報告した.付着母体となるのがビゼンクラゲ類に限られていることから,ビゼンクラゲ類に特有な強固な体や複雑な口腕といった形態的な特徴や,内湾性で上下運動を行うといった生態的な特徴が,付着母体になりうる要因であると考えられる.2.Ophiocnemis marmorataの鹿児島での出現は本クモヒトデの日本初記録である.日本国内では砂底での分布記録はなく,この個体が遠方よりビゼンクラゲに付着して運ばれた可能性もある.強い遊泳力を持たない海産底生動物の分散は,通常,生活史の一部である浮遊幼生の時期に行われるが,Ophiocnemis marmorataのビゼンクラゲ類への付着は,浮遊幼生以外での分散という特殊な役割を持っている可能性がある.