著者
石井 美保
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.70, no.1, pp.21-46, 2005-06-30

本論の目的は、ガーナのエウェ民族によって行われている卜占アファを対象に、地域社会を越えて利用されている卜占の特徴を明らかにするとともに、卜占と儀礼を通して創出される多声的な語りと重層的な現実構成の可能性を考察することである。サハラ以南アフリカの卜占を対象とする先行研究の多くは、共同体における社会秩序の再生産や合意形成といった卜占の社会政治的機能を指摘してきた。一方、卜占を利用する人々の主体性に焦点を当て、卜占の参与者を能動的なエージェントとしてとらえる視点が提起されている。社会構造に規定された存在としての人間像を生産してきた構造機能主義的な卜占研究に対して、後者の研究は人々の経験や能動的な行為に焦点を当て、構造に対する個人の戦略や選択の意義を明らかにした。しかしこのような視点は構造に対峠する個人の主体性を強調するあまり、託宣をはじめとする特殊な発話や行為の様式を通してうみだされる個人の意図を超えたエージェンシーや多元的な現実構成の可能性さえも、既存の社会内部における個人の選択や戦略に従属するものとして矮小化してしまう危険性をもつ。本論では、アファの卜占と儀礼を微視的に分析し、占師と依頼者の共同作業を通して多声的な物語りと超常的なエージェンシーが発現する過程を検討する。占いの過程では、依頼者の日常的な社会関係は託宣が開示する神話的/呪術的な現実の位相の中に位置づけなおされるとともに、語り手である依頼者の人称は多重性を帯びる。また、儀礼の過程では身体的な演技と祭祀要素の操作を通して、依頼者の苦難と運命は儀礼のエージェントとしての「もの」に依託される。II章では、アファ祭祀の一般的特徴を概観し、調査地の社を紹介する。III章では、卜占の対話と儀礼を分析し、物語りの創出と供犠の施行を通して依頼者が日常的な現実認識を脱却する過程を考察する。

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