著者
鈴木 七美
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.70, no.3, pp.355-378, 2005-12-31

「介護」は、他者への配慮・自己への配慮といった人間関係行為の総体に関わる概念だと捉えられる。「介護」を問うことは、「全体としての生」をテーマとして、人間の身心に具体的に関わる配慮的関係のありようを再考することであり、それ自体社会的・文化的に規定された文化人類学研究の対象である。本稿では、「高齢社会問題」そのものがどのように問題化されているのか、その構造に関し検討を加えた。「介護」にかかわり、「自立した生活」などと表現される「個生」へのまなざしをとりあげ、「個別的ライフスタイル」や、相互性のなかに生きる人間のアイデンティティの表現としての「個生」の模索について考察した。「介護」の試みは、高齢者の福利厚生のみを対象とすることでは果たせず、どの世代に関しても諸関係性を紡ぐ過程で創造される充足に配慮した構想を立ち上げる必要に言及した。「介護」あるいは「ケア」、すなわち相互性のなかに生きることに関して検討することは、壮年を中心とした狭義の社会を問い直すことにほかならない。とはいえ、現代生活においても人々は自らの暮らしを問い直し関係性を紡ぐ方途を模索し続けている。各人の活動の充足を念頭に労働時間の短縮や変更が広く認められているスイス連邦では、自宅で暮らすことを願う高齢者を援助する「シュピテックス」を推進してきた。対面的コミュニケーションが日常的に実現できる地域では高い評価を受けているこのシステムだが、都市部ではコミュニケーションや高齢者の創造的活動については保証できないという問題点が指摘されている。この点を考慮しつつ、地域に適合的な産業振興を模索してきた町を例として、高齢者が充足する社会は、環境をも含め共生社会構想と切り離しては実現できないという点に言及した。人々が求めるものは、一方から他方へのサービスのみを考案することでは持続的に充足せず、循環機構を組み立ててゆくことが不可欠である。この過程で、人々は年齢を問わず「明日」を見据えることが習慣となり、常に変動の相にある新たな相互関係を築くことに参与することになった。ケアについて考えることは、諸関係性を生きる様式のヴァリエーションに関し現時点で再考することにほかならない。

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