- 著者
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森田 敦郎
- 出版者
- 日本文化人類学会
- 雑誌
- 文化人類学 (ISSN:13490648)
- 巻号頁・発行日
- vol.71, no.4, pp.491-517, 2007-03-31
第二次大戦後、タイでは地元の機械工や農民たちによってさまざまな農業機械が開発されてきた。本論文ではこの技術発展とその担い手となった機械工集団の形成の相互的な関係を記述するとともに、実践と社会性に関する人類学的概念の再考を試みる。タイの農業機械は輸入された機械類を環境に合わせて修理・改造する中から生み出されてきた。輸入された機械類が先進国と異なるタイの環境のもとで稼動し続けるためには、部品交換や修理、環境に合わせた改造などが必要であった。こうした需要に応えるために農村部では独学の修理工たちが誕生し、彼らの実践はその間を流通する人工物によって都市部や海外の工場と結び付けられたネットワークを形成してきた。タイの農業機械は、このネットワークで行われる修理や改造を通して発展してきた。ここでは、修理や改造を依頼した農民と機械工の間で機械の不具合をめぐる交渉が行われ、両者の知識が結び付けられることによって地域に適応した機械が生み出されてきた。さらに、この技術的実践は独学で技術を学んできた多様な人々の間に共有された次元を生み出し、社会集団としてのまとまりを作り出してきたのである。本論文では、近年の実践理論の展開とエスノメソドロジーおよびウィトゲンシュタインの後期哲学の知見に依拠しながら、このような技術的実践を通した社会性の生成のプロセスを考察していく。この考察を通して筆者は、実践に先立って存在する社会関係が実践を社会的にするのではなく、実践を構成する異種混交的な要素のつながりの中から社会性が生成することを明らかにする。技術的実践が社会性を生み出しうるという本論文の主張は、技術と社会の二分法だけでなく、従来の実践と社会性の関係をも問い直すものとなろう。