- 著者
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藤本 武
- 出版者
- 日本文化人類学会
- 雑誌
- 文化人類学 (ISSN:13490648)
- 巻号頁・発行日
- vol.72, no.1, pp.21-43, 2007
人類共有の財産とみなされてきた世界各地の多様な作物は、今日地域の文化資源や世界の遺伝資源と認識され、保護が模索されるとともに、そのアクセスと利益配分をめぐって国際的な議論がかわされつつある。ただ、そうした多様な作物がもっとも豊富にみられるのは周辺地域の諸社会であり、文化人類学からの貢献が期待される。本論が分析するのも、アフリカのなかで例外的に長い国家の歴史をもつエチオピアにあって、その西南部という十九世紀末に国家体制に編入され、今日数多くの民族集団が分布する周辺地域における一少数民族の事例である。従来の研究では、各民族集団における固有の生態条件や文化的慣習との関連でその多様性が考察されることが多かった。しかし時間・空間的な範囲を広げて検討した本論の分析からは、今日の民族集団の枠組み自体が自明なものでなく、国家体制に組み込まれる以前、人びとは境界をこえて活発に移動をくりかえしてきており、むしろそうした広範な移動・交流によって今日の多様な作物・品種の基礎が築かれていたことが示唆された。また自給自足的だった経済は国家編入を契機に変化し、二十世紀に外部供出用の余剰生産を企図した穀物栽培が拡大するなかでその品種への関心は低下し、一部の穀物品種はすでに失われ、あるいは現在消失の危機に直面している。その一方、果樹や香辛料、野菜などの副次的な作物が外部から次々ともたらされ、庭畑に積極的に植えられることで全体の作物の種類は増えてきている。つまり、近年の作物の多様性の動態は一様ではない。ただ、いずれも社会のあり方と密接にかかわって変化するものであることを示している。今後作物資源の保護を模索する際は、民族集団などの単位で閉じた静態的なモデルにもとづいて構想するのでなく、より広い範囲を対象に人びとどうしのつながりや交流を促していく動態的なモデルにしたがって構想していくことが望まれる。