著者
松村 圭一郎
出版者
日本文化人類学会
雑誌
民族學研究 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.72, no.2, pp.141-164, 2007

本稿は、エチオピア西南部の多様な民族が居住する農村社会を対象に、土地から生み出される作物などの富がどのような手続きをへて、誰の手に渡っていくのか、富の所有と分配という問いを考察する。とくに「分け与えること」と「与えずに自分のものにすること」をめぐる人びとの相互行為から、所有や分配を支えている力学を浮き彫りにしたい。IIでは、農作物の分配行動に注目する。作物が収穫されたとき、雨季で食糧が不足するとき、持つ者は持たざる者から乞われたり、自発的に与えたりしている。じっさいに農民たちが誰にどのようなものを与えているか、具体的事例を分析することで、身近な親族から見知らぬ物乞いまで、さまざまな相手に対して富が分配されている実態を明らかにする。IIIでは、与える相手ごとの分配行動の差異に注目する。相手との社会関係が違うことで、分け与える背景にどのような違いがでるのか。「親族」と「よそ者」という対照的な相手に対する分配の事例から、それぞれに異なる動機が分配を促すきっかけとなっている可能性を示す。IVでは、人びとの分配をめぐる意識や葛藤について分析する。分配を定める宗教的な規律がある一方で、人びとは与えすぎると自分が困るというジレンマを抱えている。貧しい者が分配を受けるために行う働きかけのあり方と、与え手が分配を回避する事例から、与え手と受け手との相互行為において「分け与えること」と「与えずに自分のものにすること」が交渉されている点を指摘する。そして、Vで互酬性の議論を再検討しながら、「分け与える」という行為を支える相互的な「働きかけ」の重要性を提起する。

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