著者
竹本 知行
出版者
同志社大学
雑誌
同志社法學 (ISSN:03877612)
巻号頁・発行日
vol.59, no.2, pp.1113-1146, 2007-07

兵部大輔大村益次郎が死去したのは、明治2年11月5日のことであったが、兵部省ではしばらく彼の後任を欠き、前原一誠が大村の後を襲ったのは同年12月3日になってからであった。この間、兵部省では大村の「門弟」たる大丞山田顕義を中心として大村の遺作がとりまとめられ、11月18日「故大村大輔軍務前途の大綱」として上申された。大村は生前、政権内対立を直接の契機に、万国対峙という「一新之名義」 を最大の眼目に据えて大阪を軍制改革の拠点にしていたが、彼の死後、山県有朋が明治3年8月28日に兵部少輔に就任した後本格的に兵部省を主導するまでの時期は、「薩長の軋轢、進歩と保守の対立があって省務は捗らなかった」 など、従来、軍制改革の停滞が指摘されること が一般的である。しかし、明治2年付(月日不詳)岩倉具視宛三条実美書簡に「大村没古致候上は一日も代任の者不可欠御急務」 とあるように、政権基盤が未だ脆弱な明治政府において軍制改革推進の必要は政府当局者に共通の認識であった。本稿では、山田ら「遺策遂行連」 によって大村の遺策がどのように展開していったかという点に着目し、「大綱」中、ここでは特に生前の大村が心血を注いでいた大阪兵学寮の建設を中心に、陸軍創業の実相について明らかにしている。

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