- 著者
-
勝山 貴之
- 出版者
- 同志社大学
- 雑誌
- 基盤研究(C)
- 巻号頁・発行日
- 2003
イングランドの地図製作とシェイクスピア演劇の関係性を解明しようとするこの研究は,中央集権国家としてのイングランドを成立させようとする君主の権カイデオロギーを分析しながら,文化の産物としての地図がシェイクスピア演劇にどのような形で表象されているかを解明するものである。一般に地図とは,地理上の発見や知識に基づいた「科学的」かつ「客観的」な情報の集大成と考えられてきた。しかしこうした地図作成学の伝統的な考え方に対して,1980年代後半,修正論者たちはディコンストラクションの手法を援用することによって,その基本概念の再考を求めるようになった。すなわち最も「科学的」な地図といわれたものですら,測量術による客観性を基に作られたというよりも,むしろ社会の伝統や文化的規範によって描き出され,生み出されるものであるということが明らかにされ始めたのである。いかに精妙な地図といえども,人間が描くものである以上,そこには作者の主観的な世界観が,また時代や社会を支配するイデオロギーが介在することを否定することはできない。イングランドにおいて女王の命令によって進められた地図製作は,国内において地方の掌握と中央集権国家の樹立を目指したものであり,対外的にはアイルランドやスコットランドの併合による帝国として来るべきブリテンの成立をその目標に掲げていた。このような中央集権国家成立のイデオロギーは,当時の演劇にも色濃く反映されており,作品中に描かれる宮廷と地方の対立や,アイルランド人やスコットランド人を、そして新大陸の原住民を、自らの社会階層の中に組み込もうとする体制側の葛藤からもうかがわれる。この研究は、シェイクスピアの『ヘンリー六世・第二部』、『マクベス』、『コリオレーナス』、『テンペスト』など作品が、どのような形でこうしたイデオロギーの対立を表象・試演し、当時の観客に提示しようとしたのかを探求したものである。