- 著者
-
宮西 香穂里
- 出版者
- 日本文化人類学会
- 雑誌
- 文化人類学 (ISSN:13490648)
- 巻号頁・発行日
- vol.73, no.3, pp.332-353, 2008-12-31
日本人妻をはじめ、米軍男性と結婚した外国人軍人妻は、概して受動的な存在として記述されてきた。彼女たちは、軍隊の理解が欠如し、さらには米国の文化、慣習や言語の障害をも抱える、無力で従属的な立場に置かれている女性であった。本稿では、およそ1年間の調査に基づき、横須賀米海軍基地における日本人妻の結婚と家族生活に着目し、日本人妻がけっして受動的なかたちで日々の生活に追われているわけではないことを明らかにする。すなわち、先行研究における外国人軍人妻描写に認められるステレオタイプを是正し、彼女たちの多様な生き方に迫る。同時に、従来われわれの眼にふれることの少ない日本人妻の民族誌を描くことを試み、軍人との結婚生活に大きく関わる軍隊の組織や軍人の生活や文化について記述し、その理解を目指す。日本人妻は、米国社会からも、軍隊生活からも、さらには日本社会からも「よそもの」扱いされ、周縁的であることを考慮すると三重に(トリプル)アウトサイダーである。日本人妻は、夫の階級が異なる妻同士の交際の制限や夫のエスニシティに関する問題に直面し悩み苦しんでいた。一方で、軍人妻として夫や夫の所属する部隊の妻たちの先頭に立って生きる日本人妻もいた。またアメリカで夫の家族や親族との衝突や日本社会からの差別に苦しむ妻もいた。彼女たちは、先行研究で描写されているような無力で受動的な存在ではない。日本人妻は、積極的な適応や抵抗ではないが、結婚生活の中で見られるさまざまな困難についで悩み、苦しんでいる。彼女たちの悩み、苦しむという姿は、無力で受動的であることを必ずしも意味しない。本稿では、悩み、苦しむということもまた妻たちの能動的な態度であるという認識が、妻たちを無力で受動的とみなす視点を克服する第一歩であることを指摘した。