- 著者
-
松井 健一
- 出版者
- 日本文化人類学会
- 雑誌
- 文化人類学 (ISSN:13490648)
- 巻号頁・発行日
- vol.74, no.2, pp.238-261, 2009-09-30
北米の先住民族と入植者は、過去400年以上の間にヨーロッパの国々やアメリカ、カナダと500以上の条約結び、条約にまつわる独特な歴史と文化を形成してきた。本稿は、このプロセスをハイブリッド文化としてとらえ、先住民族の条約を理解する上で重要な視点になると主張する。特に、ワンパムベルトや条約メダルにまつわる表象物や外交儀礼を詳しく考察しながら、これらが異文化交流の結果成立したことを明らかにする。先住民族の条約に関する先行研究は、条約文書に約束された事項を法律学や政治学の範疇で分析することが多いが、本稿は先住民族の視点をできるだけ取り入れながら、異文化交流のプロセスを歴史と文化の文脈からアプローチするエスノヒストリー的論文である。また、条約交渉・締結・更新のプロセスにおいてもたらされた銀製品や貝殻ビーズ、そのほかの交易品が果たした役割を検証し、それらが地域性豊かな先住民族の伝統文化とあいまってハイブリッド文化を形成した例を具体的に紹介する。こうした考察を加えながら、本稿が最終的に解釈する先住民族の条約とは、先住民族の権利を奪い伝統文化を打ち消すための法律文書ではなく、北米独自の歴史や文化の多様性・地域性に寄与してきた文化構築物である。