- 著者
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小林 隆人
稲泉 三丸
- 出版者
- 日本鱗翅学会
- 雑誌
- 蝶と蛾 (ISSN:00240974)
- 巻号頁・発行日
- vol.54, no.1, pp.20-30, 2003-01-10
オオムラサキの幼虫の越冬期の死亡率とその要因を明らかにする試みの一つとして,栃木県真岡市において1999年11月下旬から2000年3月末にかけて以下の実験を行った.幼虫が越冬している林床の枯葉に,天敵の捕食活動を防止するための1mm,5mm,40mmメッシュのネットを地表に被せた区,風などの物理的要因による枯葉の移動を防ぐために枯葉に重りをつけた区,および無処理区を設けた.いずれの区においても死亡個体数は11月下旬から12月末までは少なかったが,越年後の1-2月には増加した.調査終了時のこれら5つの試験区での幼虫の生存率は64-70%で,全ての調査日において試験区間の生存率の差は有意でなかった.ペンキで標識を付けた枯葉に,越冬幼虫1個体,2個体,3個体に相当する重りをつけ,11月下旬に林床に設置し,翌年3月に再確認したところ,枯葉はすべて設置した地点から見つかった.調査期間中の真岡市における最低気温は-9.3℃,12月の最低気温は-8℃であった.越冬期前半(12月)の越冬幼虫を室温5℃から-5,-10℃まで徐々に低下させた条件,あるいは急激に低下させた条件に置いた場合の生存率はいずれも90%以上の高い値を示し,処理間で有意な差はなかった.幼虫が越冬する枯葉に対する給水頻度を実験的に変えたところ,毎日,4日に1度,7日に1度,15日に1度の間隔で給水した区での幼虫の生存率は高い値を維持したが,30日に1度の給水区,および全く給水しなかった区では,3月初めより他の区に比べ有意に低くなった.野外において幼虫の死亡率を調べた期間において1日当たり10mmを越える降水があった日は1月上旬と3月中-下旬に限られ,20日以上の間降水がない期間が3回あった.以上の結果から,越冬期に捕食者によって死亡するオオムラサキ幼虫の個体数,枯葉の移動による幼虫の消失数は少なく,低温による死亡数も越冬期前半に関しては少ないと考えられた.本種幼虫の越冬期の死亡要因の1つとして枯葉に対する給水頻度が働いている可能性が示唆された.