著者
佐藤 康邦
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.28, pp.45-53, 2010

『判断力批判』の第一部「美的(直観的)的判断力の批判」の「美の理想」について語られる場面で、カントは、美的判断に含まれる知的契機に関して、踏み込んだ考察を加えている。それが、「美の理想」を構成する二つの契機のうちの、「美的(直観的)基準理念」についての考察である。人間の形姿、またサイズには、種に固有な基準、典型というものがあるという考え方に従う概念である。カントの表現では、「美的(直観的)基準理念」というものは、「ある種族に属するすべての個々の個体の美的(直観的)判定の普遍的尺度として役立つような、その形態の構成における最大級の合目的性、すなわちあたかも自然の技巧の根底に意図的であるかのようにすえられている心像」であるとされている。身長、体重、鼻の高さ、口の大きさすべてに、それぞれ、理想の美人、美男子にふさわしいサイズというものがある。これは、私たちの心のうちで知っている観念、理念であり、それが個々の個体の美的判定の際に尺度を与えてくれるという。その際重要なことは、その理念は、構想力が与えてくれるとされていることである。『判断力批判』では、『純粋理性批判』とは異なって、悟性に対決する位置に置かれているのは、直観ではなく、構想力である。ということは構想力が直観に重ねられているということ、したがって、基準理念は感覚に近づけられているということである。さらに、この基準理念が生得的なものなのか、経験を通して獲得されるものなのかに関するカント記述は、これを「諸直観の間に揺よう曳えいする心像」としていることから明らかなように誠に微妙なものとなっている。しかし、この揺れ動きにこそ、この概念の今日的な意義があると思われる。そこに、ゲシタルト心理学や、認知心理学におけるアフォーダンス概念やトップダウン概念に関わるものの先駆形態が見出されるだけではなく、無意識に関する理論全体の捉え直しにつながるものが見出されるからである。

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