著者
山中 速人
出版者
放送大学
雑誌
放送教育開発センター研究紀要 (ISSN:09152210)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.1-48, 1991

Modern mass media and tourist industries have strongly affected the process of building images about the indigenous people residing in developing countries. "Primitive" or "uncivilized" image about such indigenous people has been created and utilized by media and tourist industries for their business purpose. Since the beginning of this century, Hawaii has been typical islands for such modern tourist industries. Its image as "a paradise of the Pacific" was promoted by the tourist industry in Hawaii and enhanced in the United States, through mass media such as films, radio, and mass magazines. The stereotyped images, such as "friendly", "cheerful", "passionate" or "sexually active" of indigenous Hawaiians, especially Hawaiian women, were also created through this process. This paper discusses from a historical viewpoint how media and the tourist industry projected such images of indigenous Hawaiians. "Captain Cook's Travelogue", a best-seller book in the 18th century, travel fiction set in Hawaiian islands at the end of the 19th Century, commercial arts and designs for Hawaii tourism, and Hollywood musical movies on the "Hawaiian Paradise" are analyzed.
著者
井口 篤
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.28, pp.63-69, 2010

本稿は、西洋中世が現代日本の大衆文化においてどのように表象されているかについて考察する。はじめに、西洋中世に端を発するイメージが今日の世界においても繰り返し現れることに言及する。これは一般的に「中世主義」と呼ばれる文化現象であり、この現象においては、これまでに様々な形のナショナリスト的、宗教的、そして学問的イデオロギーが互いに争うように「ヨーロッパ」という概念を我がものとしようとしてきた。しかし日本はヨーロッパと地政学的に隔絶しており、現在の領土を正当化するために中世ヨーロッパという概念を喚起することはない。にもかかわらず、中世西洋のイメージは戦後日本の大衆文化において頻繁に利用されてきた。本稿は、11 世紀の北欧を描く幸村誠の連載漫画『ヴィンランド・サガ』を分析することにより、日本の大衆文化における中世ヨーロッパの我有化は、現実逃避的とは到底言えないことを示す。作者の幸村にとって、中世ヨーロッパの日本人にとっての他者性はまったく障害ではない。幸村は亡命と帰郷という重要なテーマを作品の中で技巧的に展開することに成功している。この亡命と帰郷というテーマは、人間の一生が神への帰郷であると捉えられていた中世ヨーロッパにおいても重要であった。幸村の作品は一見中世ヨーロッパの社会を忠実に再現しようと試みているだけに見えるが、暴力、信仰の危機、仮借なき搾取に溢れる社会を読者に提供している。
著者
青山 昌文
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.28, pp.55-61, 2010

役者の演技の在り方については、対立する二つの見解が存在している。より正確に言えば、一つの意見と一つの理論が存在しているのである。その一つの意見によれば、役者は、演じている芝居の登場人物の役のなかに自己を没入させるべきであり、心で演じるべきである。その一つの理論によれば、役者は、演じている芝居の登場人物の役を、意識的・自覚的に演技するべきであり、多大な判断力をもってして、演じるべきである。 『俳優についての逆説』と題された著作において、ディドロは、この理論を見事に確立した。彼は、凡庸な、つまらない大根役者を作るのが、極度の感受性であり、無数の幾らでもいる下手な大根役者を作るのが、ほどほどの感受性であり、卓越した役者を準備するのが、感受性の絶対的欠如である、と述べているのである。 この理論は、ディドロのミーメーシス美学に基づいている。感受性の絶対的欠如の理論は、彼の理想的モデルの美学に根拠をもっているのである。 ディドロは、スタニスラフスキーの先駆者である。但し、そのスタニスラフスキーは、真のスタニスラフスキーであって、ソ連の社会主義リアリズムのスタニスラフスキーではなく、演技の実践についての演劇理論のスタニスラフスキーである。 ディドロ美学は、アリストテレス美学と同じく、創造の美学なのである。
著者
浜野 保樹
出版者
放送大学
雑誌
放送教育開発センター研究紀要 (ISSN:09152210)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.17-33, 1990

The teaching machine invented by B.F. Skinner was recog-nized as one of few clear achievements of scientific pedagogy and even appeared in SF. Arthur C. Clarke who wrote the script of the SF movie "2001: A Space Odyssey" with Stanley Kubrick wanted to scientifically define a monolith to be a God who had given intelligence to our ancestors. In other words, he wanted to describe a monolith as a teaching machine as well as a God. However Kubrick did not want to make clear about what a monolith is. Instead, he expressed the inconsistencies of the teaching machine in the artificial intelligence computer "HAL". Further in 1971, by a movie titled "Clockwork Orange", Kubrick visually illustrated the problems of the teaching machine in terms of the following points : According to the Skinner's theory, a human being becomes a slave of the environment; learners are not learning with their own will; the meaning of reinforcement is left to the interpretation of the learners ; learning can not be fully explained by the learner's behavior, therefore, the learner's mind can not be considered a black box as Skinnerian have; effectiveness is given the first priority in the teaching machine; etc.
著者
鈴木 誠史 臼杵 秀範 島村 徹也
出版者
放送大学
雑誌
放送教育開発センター研究紀要 (ISSN:09152210)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.131-149, 1995

We frequently produce mispronunciation and hesitation in phonation. This paper analyzes the Japanese tongue twister in order to emphasize the effects of mispronunciation and hesitation. First, a statistical analysis of tongue twisters in phonation was carried out by employing phonemes, moras, and the place and manner of articulation. Next, the phonemes that occurred in mispronunciation and hesitation were surveyed by questioning to ten students. It was concluded that most hesitation and mispronunciation were made by articulating back vowels and front consonants. The results will assist in selecting words and sentences capable of speaking more fluently, as well as establishing speech synthesis by rule.
著者
坂井 素思
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.25, pp.33-40, 2007

この小論では、なぜ日本にコーヒー浸透という現象が起こったのか、あるいは日本人はなぜコーヒーを好きになったのかというテーマを考えてみたい。幕末の開港とともに、日本の税関はそれぞれの港で貿易統計を取るようになった。このため、外国との取引貿易品、なかでもとりわけ農産物は全て記録されることになった。明治の初めから、日本がどれだけのコーヒーの生豆を輸入したのかがほぼ完全に把握できることになる。これで見ると、1920年代から1930年代にかけて輸入量が累積的に多くなるという現象が観察される。この小論では、なぜコーヒーが浸透したのか、という点をめぐって、1920年代から始まるコーヒーブームに焦点を当てて、その理由を考えた。以上の結果、喫茶店によるネットワーク型消費の展開、世界のコーヒー市場の影響、都市化と覚醒文化の進展、などが社会経済要因として挙げられるという結論が得られた。
著者
島内 裕子
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.210(27)-191(46), 1996
著者
戸ヶ里 泰典 米倉 佑貴 井出 訓 Taisuke Togari Yuki Yonekura Satoshi Ide
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 = Journal of The Open University of Japan (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
no.33, pp.11-25, 2015

保健・看護系の大学院生が、効率的に必要十分な統計学的知識の定着をはかり、データ解析ができるための学習支援のプログラムの開発に向けて、本学の保健・看護系修士課程大学院生における、①統計解析の学習に関する意向とニーズを明らかにすること、②統計解析スキル向上に向けた演習を構築しその評価をすること、③良く質問され、かつ研究遂行上重要なQ&Aを探索し整備すること、の3点を目的とした。 目的①に対しては一定の統計解析を行って修士論文を作成した本学保健・看護系大学院生・卒業生13名を対象とした自記式質問紙ないし構造化面接調査を実施した。また、目的②に対しては極力わかりやすい解説の元、論文の結果表を読み取り、自身の研究データ解析に活用できる授業の構築、ならびに、参加者が自分の研究データを扱っている感覚でデモデータを分析する演習の構築を行い、終了後に感想を聞くとともに、目的①の質問紙調査において感想を聞いた。目的③については、新たに専用の統計相談窓口を設置し、統計解析に関する相談を受け付けることを通じて、どのような質問が寄せられるかを整理した。 修士論文作成に使用した統計解析ソフトウエアはR/Rコマンダーが6名、SPSSが5名、Excel統計が4名であった。統計解析方法については、教員からの指導に依存し、補足的に自学自習をしているスタイルであった。事例が豊富な教材を期待する声が大きかった。講義、演習については、概ね良好に受け入れられたが、回数が限られており分量が多く、スピードが速いといった指摘が見られた。統計相談の内容の傾向としては、量的変数として扱ってよい場合とそうでない場合、必要なサンプルサイズについて多く寄せられていた。 統計解析に関する知識を概観し、自己学習のきっかけをつくるうえでの講義授業は重要であることが伺われた。同様に自主演習をすすめるきっかけとしての演習授業も重要であることが伺われた。