- 著者
-
植野 弘子
- 出版者
- 日本文化人類学会
- 雑誌
- 文化人類学 (ISSN:13490648)
- 巻号頁・発行日
- vol.75, no.4, pp.526-550, 2011-03-31
父系社会である台湾漢民族社会における親と子のつながりを、娘を視点として再考することを、本論文の目的とする。娘としての女性の生き方に注目することは、婚姻を契機として所属集団を変更する女性にとって、その一生にわたる家族との関係を見直すことになる。また、変化する家族関係の有り様を、継承・相続の権利義務から除外されてきた娘の役割の変化から、より端的に描き出すことが可能である。漢民族の親族に関する従前の研究は、父系出自イデオロギーの優位を前提とした枠組みで考察される傾向にあり、母方親族関係・姻戚関係の研究も行われてはきたが、これらの関係を繋ぐ女性が果たす役割、女性の娘としての役割に関しては、十分な研究はなされてこなかった。本論文では、まず、台湾における伝統的家族慣行にみられる娘の役割を、その儀礼的側面を考慮に入れて再確認する。さらに、日本による植民地統治下における近代的な学校教育、とくに高等女学校教育を受けた女性達の語りを通して、親と娘とのつながりを変化する時代の日常から探っていく。彼女たちは、旧来の家庭の倫理と近代教育がもたらす知識や理念を習得し、さらに日本化の狭間の中で生きたのであり、植民地統治によって変動した台湾社会の有り様を象徴する存在である。また、変化した現代女性の原型ともいえる。こうした女性は、その親や出生家族の表象としての役割を果たし、婚出後にも娘と親の関係は維持されていく。日本統治終了後における女性の教育と就職の機会の拡大は、女性の生き方に変化をもたらし、また、娘と親との関係は、より緊密にみえる様相を呈してきた。子どもとしての娘と息子の役割の差異は、今後、より減少していくことが予想され、家族関係における娘の役割を考えることの意味はさらに増してゆこう。