著者
中島 楽章
出版者
社会経済史学会
雑誌
社会経済史学 (ISSN:00380113)
巻号頁・発行日
vol.76, no.4, pp.501-524, 2011

明清時代の貿易秩序を「朝貢貿易システム」として概括する見解に対し,近年では明初の朝貢体制にかわり,16世紀から「互市体制」が成長していったことが主張されている。本稿では14世紀末から16世紀末にいたる東アジア貿易秩序の変容と再編のプロセスを,6つの時期に分けて,海域・内陸アジアの双方について包括的に検討してみたい。14世紀末に成立した明朝の朝貢体制のもとでは,対外通商は明朝と周辺諸国との朝貢貿易に一元化され,民間貿易は禁止されていた。こうした朝貢体制は,15世紀初頭に最大限に達するが,15世紀中期からはしだいに動揺し,海域・内陸周縁地帯では,朝貢貿易の枠外に広州湾や粛州での「互市」が成長していく。16世紀中期までには,モンゴルや倭寇の略奪や密貿易の拡大により,朝貢貿易体制はほぼ破綻し,1570年前後には,明朝は華人海商の東南アジア渡航と,モンゴルとの互市を公認する。こうした貿易秩序の再編は,ポルトガルやスペインの新航路開拓による海外銀の流入とも連動して,多様な通商ルートが併存するあらたな貿易秩序,「1570年システム」が形成されたのである。

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"明清時代を通じて「朝貢から互市へ」という通商秩序の長期的変化が""ただし15世紀前半の「朝貢貿易体制」の最盛期と, 18 世紀前半の「互市体制」の成立期までは,300 年近いきわめて長期の移行期が" →まとめ

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