著者
丸山 淳子
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.77, no.2, pp.250-272, 2012-09-30

本論は、ボツワナの動物保護区からの住民立ち退きをめぐる裁判判決を題材として、アフリカにおける国家と狩猟採集社会の関係について考察する。狩猟採集社会は、その生活様式や文化の独自性から国家のなかの「逸脱者」とみられ、彼らを統治するための場に収容し、「国民」化することが望ましいと考えられてきた。しかし近年では、こうした人々が、自主決定の権利をもち、国際社会や国家のなかで主要なアクターとなりうる「先住民」とみなされ、彼らを一元的に包摂しようとする国家統治のあり方は再検討を迫られている。一方、このようなグローバルに普及する新しい考え方と、アフリカの個別の民族や集団が経験している現実の展開とのあいだには大きな開きがある。ボツワナでは、動物保護区に居住していた狩猟採集民サンが開発計画の一環で土地を追われたことを、「先住民」の権利の侵害とする判決が出され、高く評価された。しかし国民形成の途上にあるボツワナにおいて、サンを特別視する運動は、様々な緊張関係や齟齬を生み出した。また動物保護区には政府サービスを提供する必要がないとする判決と、政府が裁判の提訴者のみに帰還を許可したことによって、結果的に動物保護区では「伝統的な狩猟採集生活」、立ち退き先では「開発の恩恵を受ける生活」を強いられることになり、保護区に戻れる人と戻れない人のあいだの溝が広がるといった問題も生じた。それでもサンは、動物保護区でも立ち退き先でも、開発計画の恩恵をうけつつ狩猟採集生活を続けられるような状況を創り出すことによって、場のもつ意味をずらし、様々なかたちで協力関係を築きなおすことによって、戻れる人と戻れない人の境界にゆらぎを生じさせている。本論では、このような「統治の場」を自らの「生きる場」に変えていく試みの詳細と、その試みがもつ可能性と限界を論じる。

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