著者
森 津太子
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.30, pp.31-39, 2012

近年、自由意思に関する関心が心理学者、とりわけ社会心理学者において高まっている。しかし研究者間の見解の相違は大きく、何が争点であるのかも明確ではないのが現状である。そこで本稿では、2009年に開催されたSocietyfor Personality and Social Psychologyの年次大会の中で行われた二人の著名な社会心理学者(John A. BarghとRoy F.Baumeister)による自由意思の存在をめぐる討論と、それに関連する論考に着目し、社会心理学における自由意思の問題について考察を行った。自由意思の存在を肯定するBaumeisterと、その存在を懐疑的に見ているBarghは、興味深いことに、いずれも進化心理学的な観点からこの問題を捉えようとしていた。しかし、Baumeisterは自由意思を進化的適応の産物と見なし、自由意思こそが人間が文化を営む上で必須のものだと考えているのに対し、Barghは自由意思の存在を否定し、そのような"何ものによっても引き起こされない行為の原因"を仮定することは非科学的だと主張している。彼は、無意識的過程こそが進化的適応の産物であり、意思すらも自動化されたものだと主張する。彼によれば、意思とは「遺伝的に継承されたものと、幼少期に吸収した文化的規範や価値観と、個人の人生経験の合流点」なのである。二人はまた、自由意思を信じることの心理学的意味においても意見を違えており、Baumeisterが自由意思を信じることには心理学的な効用があると考えているのに対し、Barghはそのような効用は限定的で、時には有害にすらなると反論する。このように、彼らの見解は平行線を辿り、最後まで一致を見ることはなかったが、彼らの討論の内容を吟味することにより、社会心理学における自由意思をめぐる問題の重要なポイントが何なのかが明確になった。

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