- 著者
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猪瀬 浩平
- 出版者
- 日本文化人類学会
- 雑誌
- 文化人類学 (ISSN:13490648)
- 巻号頁・発行日
- vol.78, no.1, pp.81-98, 2013-06-30
2011年3月に起きた東京電力の原発事故によってもたらされた原子力災害は、人と人、人と自然との間に様々な分断をもたらしている。本論文は、ボルタンスキーの議論に依拠し、混沌とした事態としての<世界>がたち現れる中で、人々が科学的実践を媒介にしながら制御可能性を取り戻し、共有・調整可能な制度としての<リアリティ>を再構成していく過程を民族誌的に記述する。筆者のフィールドである見沼田んぼ福祉農園メンバーの、原発事故以降の活動を振り返りながら、農園の放射能の測定や、福島における栽培実験を行う過程を通して、放射能汚染に対抗するための科学の組織化過程を記述する。原子力災害によって、この農園では活動継続性についての問いかけが起こるとともに、放射能対策についての見解の相違や、地域への拘り方の違いによるメンバー内の分断が起こる。このような中で科学的実践は、見沼田んぼ、福島、チェルノブイリといった様々な場所において多様な人間-非人間を結びつけ、混沌とした<世界>を少しずつ理解可能なものにしていく。同時にその試行錯誤の過程は、かつての障害者の地域生活運動における暗中模索と重ね合わされることで、メンバー内の分断を乗り越えていく。これら一連の記述を通じて、原子力災害の中で人々が<リアリティ>を構成していく過程を解明するための枠組みを提示する。それと共に、人類学者自身も含め、人々にとって、不確実な世界の中で<リアリティ>を恢復させる手段としての民族誌的記述の意義について再評価を行う。