著者
江藤 茂博
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.38, no.4, pp.12-19, 1989

「かんかん虫」の<私>は、文盲でないということで、他の虫たちとの差異性を示していた。それは、当時アメリカの移民制限の方法としての識字テスト実施と重ねても、有島武郎には大きな差異をイメージするものだった。そして、<私>と虫たちとのその違いを辿っていくと、一つには視線のあり方の差が顕在化する。虫たちのそれは「見据え」「見返す」ものであるのに対し、「私」の視線は虫たちのようなそれを与えはしない。この<私>と虫たちとの差異がもっとも明らかになるのは、ペトニコフが倒される場面であった。ここでは、物語時間の流れをゆがませ、<私>が事件そのものを視ることを回避させたのである。この、現実感覚とは異なった時間構成を生んだのは、作者有島にこの虫たちの「法律的制裁」を許容する論理がなかったからだ。この虫たちの暴力行為は、明治四十年七月のティルダ宛書簡などで示されているように、それを肯定できなかったのが当時の有島だったのである。その為に「かんかん虫」は、作品の内側では時間のゆがみをはらみながら、<私>の気分的な高揚で終わるしかなかったのである。

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