- 著者
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島西 智輝
- 出版者
- 慶應義塾大学出版会
- 雑誌
- 三田商学研究 (ISSN:0544571X)
- 巻号頁・発行日
- vol.51, no.6, pp.161-177, 2009-02
衰退に直面した企業の事業多角化が遅滞した要因を解明することは,経営史研究の重要な課題のひとつである。しかし,先行研究では,①情報活動の立ち遅れ,②過去の成功体験から来る自己過信,③マネジメント・システムの硬直化の3 つの要因が指摘されているが,実証研究は蓄積されていない。そこで本稿は,戦後日本の大手石炭企業3 社によるセメント工業進出を事例として上記の課題を検討した。3社は石炭産業の衰退が顕在化する以前から石炭需要を拡大させる市場関連多角化のひとつとしてセメント工業進出を構想したが,資金・技術・販売面での制約に直面した。これらの制約を同業他社の経営資源に依存せず,企業集団メンバーの異業種企業との柔軟な協力関係を形成した企業が速やかにセメント工業進出に成功した。一方で,既存のマネジメント・システムを変革せず,同業他社への経営資源に依存し続け,かつ企業集団メンバーの異業種企業との協力関係も固定的であり続けた企業のセメント工業進出は遅滞した。なお,いずれの事例でも石炭需要を拡大させる市場関連多角化は早期に断念され,セメント工業そのものの育成が図られていた。以上より,先行研究の指摘する要因のうち①②は実証されなかったが,③が多角化をもっとも遅滞させた要因に近いことが実証された。吉田正樹教授退任記念号論文