- 著者
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井上 加勇
- 出版者
- 和光大学現代人間学部
- 雑誌
- 和光大学現代人間学部紀要 (ISSN:18827292)
- 巻号頁・発行日
- no.1, pp.159-179, 2008-03
人は自分が帰属するための物語を求め続け、かつ、それを維持し続けるために大きな犠牲を払い続ける。戦いを題材とした漫画は、そのような物語を消費者に与える装置としての役割を果たしてきた。格闘漫画はそのような戦いを題材とした漫画の極致であると言える。格闘漫画は強さの追求の中で生まれた暗黙の法を男同士の絆の実践とみなすことによって、暗黙の法に基づく価値観の絶対性を主張する。格闘漫画は男同士の絆の体現者を最強と同一化することで、主人公を戦いの破滅性から回避させると同時に、暗黙の法と対立する価値観の持ち主を弱者として排除した。かくして漫画の中の戦いは、同じ価値観を持った男同士の濃密なコミュニケーションとなったのである。このような絆としての戦いは、他者との絆を渇望する現代人の欲求に応えるものであり、読者にアイデンティティを与える物語の役割を果たすものであると言える。しかし、その結果、戦いは戦うこと自体を自己目的化していき、同質な者だけで構成された小さなコミュニティがそのまま世界と同一視されることになるのである。