著者
ムンクジルガラ
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.3, pp.117-135, 2010-03

本稿の課題は、アイヌの海外諸民族との交流が、彼らの民族としての復権運動において大きな意味を持つことを文献資料及び聞き取り調査などに基づいて明らかにすることである。アイヌの民族復権運動は、長年日本政府によって強いられてきた「同化」政策や一般の人々の間にある差別や偏見のなかで他者からも独自の民族とみなされないだけではなく、アイヌ自らも民族として名乗れなかったなど、紆余曲折をたどった。70年代に実現したアイヌ中国訪問は、アイヌにとって、初の海外交流になっただけではなく、中国の少数民族との交流は「輝かしいもの」として中国の民族政策のあり様に触れる機会となった。中国の少数民族との交流の実現は、アイヌの民族としての復権運動の大きな契機となった。アイヌは、中国の民族政策に倣って日本における少数民族としての諸権利を求める運動を展開させていこうとした。中国訪問に始まる世界の先住・少数民族との積極的な交流は、アイヌの民族の権利回復と結びついていったのである。
著者
髙坂 康雅
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.9, pp.5-17, 2016-03

本研究の目的は、2004年4月から2013年3月までに刊行された恋愛に関する学会誌論文を概観することで、現在の日本における心理学的恋愛研究の動向と課題を明らかにすることである。検討対象となった31本すべてが質問紙法を採用しており、調査手法の偏りが明確になった。また31本のうち28本は、立脇・松井・比嘉(2005)が示した恋愛研究の4つの方向に該当していることから、方向によって進捗状況は異なるが、それぞれが着実に知見を積み重ねていることも示された。そのうえで、調査手法や調査対象者の拡充、無批判に欧米の理論や知見を取り入れ、日本での適用を確認するだけではなく、日本特有の恋愛現象・行動に着目した研究を行うこと、セクシャルマイノリティの認知・理解が広がるなか、恋人の定義を明確にすること、などの課題や展望が指摘された。
著者
髙坂 康雅
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.8, pp.123-136, 2015-03

本研究の目的は、少女向けコミック誌および女性向けコミック誌における恋愛行動・性行動の描写数をもとに、それぞれの特徴を比較し、また、前後の文脈をもとにキス場面の内容分析を行い、少女向けコミック誌および女性向けコミック誌における恋愛像、あるいは男性像と女性像の描かれ方を明らかにすることである。それぞれの恋愛行動・性行動の描写数から、少女向けコミック誌は恋愛関係が構築されるまでを描く傾向にあるが、女性向けコミック誌は関係構築以降の口論や別れまで描いている、告白や別れの場面では男性が主導権をもっている、などの特徴が見出された。また、キス場面の内容分析から、恋愛関係・夫婦関係以外でのキスも半数程度描かれており、男性が一方的に女性にキスをする場面が多数みられることも確認された。今後は、読者である子どもや青年が描写されている恋愛行動・性行動をどのように受け止め、感じとっているかを明らかにする必要があることが示唆された。
著者
浅井 幸子 玉城 久美子 望月 一枝
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.4, pp.21-36, 2011-03

本稿の主題は、戦後日本の小中学校における女性教師の脱性別化の過程を解明し、その歴史的な意味を考察することにある。女性教師は1950年代まで女性的な特質と役割を付与されていたが、1970年代になるとそのような性別特性論に基づく性別役割分担は否定されるようになる。本稿では1960年代後半から70年代前半の「女教師問題」の議論に着目してその過程を記述し、母性が強調されなくなったこと、「婦人教師」を論じる、すなわち女性教師をその女性性において問題化することが躊躇されるようになったことを明らかにした。その女性教師の脱性別化は、一面では性差別の解消ではあるものの、もう一面では依然として存在する教師の性別役割分担を問う言葉の喪失である。また男性教師を標準とする「教師」への同一化である、すなわち女性教師の実質的な男性化であったという点でも問題をはらんでいる。
著者
米田 幸弘
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.8, pp.27-38, 2015-03

本稿では、「仕事による人間的な成長」という労働倫理に着目し、その形成要因を明らかにすることを試みた。このポジティブな労働倫理の形成にどのような階層要因や職業経験が関わっているのか、男性有職者にサンプルを絞り、SSP-W2013-2ndを用いた計量分析をおこなった。その結果、年齢が高く、世帯年収が高く、仕事の自律性が高く、職場承認を得ている層において、「仕事による成長」という労働倫理を形成する傾向が見られた。また、若年層において、「仕事による成長」という仕事観を持てるかが職場承認の度合いによって大きく左右されるという交互作用効果が見られた。本稿では、このような知見に関して、「職場共同体の崩壊」を背景にした、「働くことをつうじた承認」の稀少化と関連づけた議論をおこなった。
著者
髙坂 康雅
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.6, pp.23-34, 2013-03

本研究の目的は、ある時点において恋人がいる青年(大学生)を対象として調査を実施し、その対象者に対し全3回の縦断的な追跡調査を実施することにより、アイデンティティ及び「恋愛関係の影響」が恋愛関係の継続/終了の予測可能性を、明らかにすることであった。第2回調査の時点の恋愛関係の継続/終了、及び第3回調査時点での恋愛関係の継続/終了を独立変数に、アイデンティティや「恋愛関係の影響」について比較したところ、「恋愛関係の影響」の「他者評価の上昇」が短期的な恋愛関係の継続/終了を予測することが明らかになった。またアイデンティティの感覚や「恋愛関係の影響」の「充足的気分」も、短期的な恋愛関係の継続/終了を予測する可能性が示された。
著者
井上 加勇
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.1, pp.159-179, 2008-03

人は自分が帰属するための物語を求め続け、かつ、それを維持し続けるために大きな犠牲を払い続ける。戦いを題材とした漫画は、そのような物語を消費者に与える装置としての役割を果たしてきた。格闘漫画はそのような戦いを題材とした漫画の極致であると言える。格闘漫画は強さの追求の中で生まれた暗黙の法を男同士の絆の実践とみなすことによって、暗黙の法に基づく価値観の絶対性を主張する。格闘漫画は男同士の絆の体現者を最強と同一化することで、主人公を戦いの破滅性から回避させると同時に、暗黙の法と対立する価値観の持ち主を弱者として排除した。かくして漫画の中の戦いは、同じ価値観を持った男同士の濃密なコミュニケーションとなったのである。このような絆としての戦いは、他者との絆を渇望する現代人の欲求に応えるものであり、読者にアイデンティティを与える物語の役割を果たすものであると言える。しかし、その結果、戦いは戦うこと自体を自己目的化していき、同質な者だけで構成された小さなコミュニティがそのまま世界と同一視されることになるのである。
著者
杉浦 郁子
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.8, pp.7-26, 2015-03

近代以降の日本社会は「女同士の親密な関係」「女を愛する女」に対してどのような意味を与えてきたのだろうか。「女性同性愛」言説の変容をたどる研究成果を「性欲」の視点から整理することが本論文の目的である。ここで「性欲」の視点とは、大正期に定着してから現在まで様々な仕方で構築されてきた「性欲」という領域が、女性同性愛に関する言説をどのように枠づけてきたのか、反対に、女性同性愛に関する言説が「性欲」をどのように枠づけてきたのか、という視点のことをいう。したがって、本論文が注目するのは、「性欲」が女同士の親密性をめぐる経験や理解の仕方に関わっていることを示し得ているような研究成果である。この「性欲」の視点を軸にして、「女性同性愛」言説をめぐる歴史研究の現在における到達点と今後の課題を明らかにしたい。
著者
上野 隆生
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.3, pp.99-115, 2010-03

This article deals with the Italian School Textbooks, especially those of geography, published from 1920's to the first half of 1960's. My focus falls upon the Italian images of Japan──how they described Japan and things Japanese──and its transition. Naturally in the field of culture or belle arte important exchanges between Japan and Italy have been occurred since the end of Edo period. But the study of public images between the two nations has been less exhausted than we expect in the domain of modern Japanese history. This negligence seemed more queer in considering the intimate relations between the two countries as fascist powers in the late 1930's and in the first half of the 1940's. After the defeat of the fascist powers, democracy and economy appeared to have become the main interests of nations instead of the arrogant aggression and expanding the colonial-empire. So did it even in the ex-fascist nations. Then, what of the images of Japan in Italy? Even though my analysis is circumscribed by lack of comprehensive materials, for the purpose of gaining a better understanding of the Italian images of Japan for nearly fifty years in the midst of 20th century, the following might be a conclusion. First and foremost, we often read in the textbooks that Japan made such a successful takeout both in the economical and in the political dimensions. It was so surprising that almost every textbook, no matter when it was published, mentioned on that point. Not only in the pre-WWII period but also in the post-WWII period, it is clear that they are astonished at the speed of development of Japan. Secondly, they tried to grasp the reason of such rapid development. The reason of this rapidity always centered on the shrewd capability of Japanese people to imitate European civilization. At the same time, often mentioned is the fact that Japan lacked enough space, food and materials to nurture the Japanese people. There comes the striking difference between pre- and post-WWII. Before the WWII, they regarded this lack as a reason that Japan conquered Korea, China, and Southeast Asia. In other words, it was well "justified" for Japan to annex these area. After the WWII, on the other hand, they come to think that over-population and material shortage compelled Japanese industry to become more labor-intensive and effective, which has been the essential characteristic of Japanese industries. Therefore Japanese products can be competitive everywhere in the world. Thirdly, with a feeling of marvels, they introduced Japanese ways of life, beautiful sceneries such as Inland See, and Japanese culture. It has been more mentioned in detail than we had ex pected. A particular emphasis is laid on the contrast between the highly modernized industrial apparatus and the traditional way of life. In a nutshell, reviewing the Italian school textbooks of geography, an ambivalent image has existed about Japan, that is, wonder and menace. When it comes to the rapidity of Westernization, a feeling of wonder cast a long shadow of the images of Japan in Italy. But at once looking from the viewpoint of geopolitics or the rapidity of Japanese expansion into Asia and the Pacific, a feeling of menace emerged into the images of Japan. This ambivalence seems to have created the prototype of the images of Japan in Italy.
著者
奥平 康照
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.6, pp.7-22, 2013-03

『山びこ学校』は出版直後から高い評価を受けた。教師たちはそこに新しい教育実践への希望を見出し、教育学者はその理論化こそ、これからの仕事だと考えた。さらに哲学者も社会科学者も、日本の民衆の内側から生れる思想と理論の可能性を、そこに読みとることができると考えた。しかし『山びこ学校』大絶賛は、それに見合うほどには理論的思想的成果をもたらすことなく、50年代後半になると急速に萎んでいった。当事者の無着さえも、「山びこ」実践から離脱していった。50年代後半から始まった急激な経済成長と、政府による教育内容の国家統制強化とに対して、日本の民主教育運動と教育学の主流は、「山びこ」実践とその思想を発展させることによって、対抗実践と理論を構築することができると見なかった。「山びこ」実践への驚きと賞賛は、戦後日本の民衆学校の中学生たちが、生活と学習と社会づくりの実践的主体になりえる事例を、直観的にそこに見たからであろう。しかし戦後教育実践・思想・理論は子どもたちを学習・生活・社会づくりの主体として位置づけることができなかった。
著者
松岡 浩史
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.8, pp.85-104, 2015-03

本稿は『ハムレット』に表象される狂気を同時代の一次資料を援用して分析し、作品の悲劇性を論じるものである。第一に、亡霊の表象史を概観し、ハムレットに描かれる亡霊が、セネカの系譜上のプロローグ・ゴーストから、幻覚の可能性を包摂した内在的な存在へと変遷していることを述べ、悪魔と幻覚にかんする言説と作品との関連性を指摘した。第二に、前述の悪魔、そして幻覚の作用因として想定されていたメランコリーについて、四体液学説の観点から論じ、メランコリーという術語の多義性に基づいて概観したうえで、作品に登場する二種類の狂気について分析を加え、同時代の医学理論では説明不可能な領域が開けていたことを指摘した。第三に、同時代の診療記録を分析し、シェイクスピア時代は女性の社会ストレスが圧倒的に高く、また相対的に自殺率の高い時代であったことを指摘し、狂気が『ハムレット』の劇世界において多層的に表象されていると結論した。
著者
篠原 睦治
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.2, pp.7-28, 2009-03

ぼくは、2009年春で、定年退職する。在職36年になる。こんな機会に、"仕事"を振り返ってみるのも一興かなと思う。本稿で扱いたい著書、論文をリストアップしたら、107点になった。それらをテーマ毎にまとめてみたら、テーマは13になった。取り組みだした時期の順に並べると、「臨床心理学研究の発表とその問い直しの開始」「特殊教育批判と『共生・共育』の模索」「生命操作・優生思想の諸問題―胎児診断からの出発」「『精神薄弱』概念の検証と知能テスト批判」「『障害』学生との出会いと『共学』問題」「『養護学校義務化と発達保障論』批判」「フィールド・ワーク: アメリカの『障害者・黒人』問題」「対談シリーズ: 『共生』論の検証」「『アジア』に関するフィールド・ワーク」「臨床心理学会改革の終焉と社会臨床学会の創設」「カウンセリングの実際とその批判」「特別支援教育と『教育改革』問題」「障害者・老人の囲い込みと暮らし」になった。本稿では、各項目にそって、論述する。
著者
鈴木 真吾
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.3, pp.151-174, 2010-03

本論は『家畜人ヤプー』の作者であり、その全貌がいまなお明かされていない覆面作家沼正三と、1970年頃から沼の代理人として活動し、1983年に自身が沼だと名乗り出て以降も、沼との距離を注意深く保ってきた作家、天野哲夫に関するものである。2008年11月30日に死去した天野が沼の本体だという意見が主流を成す一方、天野が沼の本体ではないという意見は今日においてもなお支配的である。しかし、本論は沼の真の正体を考察するものではない。元来、仮想の人格を持った架空の人物として設定されていた「沼正三」が、何故、現実に存在する一個人であるという前提で語られてきたのかという点を問題にしつつ、『家畜人ヤプー』の作者の正体をめぐる騒動であった1980年代初頭の「『家畜人ヤプー』事件」を中心に、沼という覆面作家を巡る議論がどのように展開されたかを論じると共に、体系的に語られることのなかった天野について、沼としての天野ではなく、沼と対位法を成す存在としての天野を論じていく。
著者
髙坂 康雅
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.5, pp.53-60, 2012-03

本研究の目的は、大学生における共同体感覚と社会的迷惑行動及び向社会的行動との関連を検討することである。大学生436名(男子258名、女子171 名、不明7 名)を対象に、共同体感覚尺度(高坂,2011)、社会的迷惑行動項目(吉田他,1999)、向社会的行動項目(菊池, 1988)で構成された質問紙調査を実施した。その結果、共同体感覚は向社会的行動と正の相関を示す一方、「ルール・マナー違反」との正の相関もみられ た。特に、共同体感覚のうち「所属感・信頼感」が「ルール・マナー違反」と関連を示した。これらの結果から、Adlerの共同体感覚に関する理論の一部は 支持されたが、社会的迷惑行動との関連は支持されたとは言えず、研究方法などを含め、さらなる検討が必要であると考えられた。
著者
大西 公恵
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.9, pp.57-70, 2016-03

国語教育は言語教育的側面と人格陶冶的側面のいずれを強調するか、すなわち形式主義と内容主義とのいずれを主たる目的とする教科であるかが長く論争となってきた。1930年代初期は、新教育思潮を背景として興隆した1920年代の文芸鑑賞論の潮流が、形象論にもとづき「理会」と認識を追究する形式主義へと転換する過渡期である。東京高等師範学校附属小学校で開催された第34回全国小学校訓導協議会では、国語科の教育目的が再考され、生活論と文芸鑑賞論との融合を目指して新しい国語教育の目標を構築しようとする試みがなされた。本稿では、同協議会での議論を通して、教師たちによる国語科の教育目的の再考および教科としての自律性の模索のありようを示す。
著者
瀧 大知
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.9, pp.123-139, 2016-03

近年、日本では近隣諸国との歴史認識問題や領土問題に端を発した排外主義的な傾向が強まり、路上やインターネット上で、おもに在日コリアンをターゲットにしたヘイト・スピーチが行われ、大きな社会問題となっている。このような事態に対してこれまで様々な言説が生まれてきた。しかし、こうした言説では、ヘイト・スピーチが持つ「暴力性」を問題視することはなく、むしろヘイト・スピーチをする人々が注目されるばかりで、被害者の姿がほとんど見えなくなっているという問題が見られる。こうした言説を批判的に検討することにより、本稿ではこのような被害者不在の言説が結果として、ヘイト・スピーチを黙認してきた圧倒的多数の無関心層と同様の役割を果たしてきてしまったことを明らかにする。
著者
太田 素子
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.3, pp.185-196, 2010-03

KEISEIKAN-DIARY 1811-1853, consisting of two volumes, is very precious historical materials to examine a local school in Aizu district. The Aizu feudal clan had a policy to spread education to common people from the beginning, and after the KANSEI reform it struggled more consciously to enlighten people. Tanaka Yoshina and his son Shigeyoshi were assigned as instructors of KEISEIKAN by the feudal clan at first, and after the discontinuance of financial support by the clan, the school continued to exist for 33 years. A certain comparatively rich merchant in the town, all the boys entered a school, and the chosen girl entered it.