- 著者
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山口 英男
- 出版者
- 国立歴史民俗博物館
- 雑誌
- 国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
- 巻号頁・発行日
- vol.194, pp.127-145, 2015-03
正倉院文書は、官司の現用書類が不要となり廃棄されたものである。この点で、多くの古文書とは異なる特徴を有しており、文書の機能情報を抽出・解析する上でも、これに対応した手法・手順が求められる。正倉院文書の解析は、業務の解析に他ならない。そのためには、書類からの情報抽出において、書類の作成から利用・保管・廃棄に至る履歴を明らかにすること、その際、書類の用いられる場の変化に着目することが重要である。この点で、古文書学における文献史料(文字資料)の三分類(文書・典籍・記録)や、近年指摘されているその見直しの議論に注目できるが、その方向性には疑問もある。文字資料は「文字を用いて情報を何らかの媒体に定着させたもの」であり、情報の受け手に何らかの影響(働きかけ)を及ぼす。ただし、単なる情報の移動と、意識的な情報の伝達とは区別されなくてはならない。情報の伝達においては、正確性、確実性が求められることから、文書様式・書札礼等を含め、様々な「仕掛け」が施される。「仕掛け」の有無には機能上明確な差異が存在し、業務解析においては、そうした「仕掛け」に着目することで様々な知見を抽出することができる。以上の観点から、某者宣を書き留めた受命の書面、経巻奉請に関する書面を取り上げ、命令や依頼の内容を書き留めただけの書面の存在と、その業務進行上の役割を検討することで、口頭伝達と書面伝達とが併存する具体的な様相を明らかにし、伝達のための「仕掛け」を持たない書面が場を移動しながら利用されることの意味を論ずる。