- 著者
-
尾下 成敏
- 出版者
- 史学研究会 (京都大学大学院文学研究科内)
- 雑誌
- 史林 (ISSN:03869369)
- 巻号頁・発行日
- vol.92, no.5, pp.862-891, 2009-09
本稿の目的は、天正十年(一五八二) 六月から同十二年七月までの間の羽柴秀吉と徳川家康の関係に留意する形で、秀吉の東国政策の内容や、それを規定した背景を明らかにしようとすることにある。 検討の結果、(1)天正十年六月の本能寺の変後、北条氏の動向に対処すべく、秀吉と家康が提携し、対家康戦開始前の秀吉が徳川攻めを目論んではいなかったこと。(2)天正十年冬以降の秀吉が、家康の取り組む『惣無事』、すなわち織田信長在世時の停戦状態への回帰を掲げて北条方と反北条方の停戦を実現せんとする無事に関与し、北条氏の版図拡大の動きを封じようとしたこと。(3)秀吉の『惣無事』関与後も北条方と反北条方の抗争が続き、結果、関東で新たなる戦争が起こる可能性が浮上したこと。(4)こうした事情や織田信雄の勧誘を背景として、家康が対秀吉戦に踏み切ることなどを明らかにした。