- 著者
-
林 洋輔
- 出版者
- 大阪教育大学
- 雑誌
- 大阪教育大学紀要. 人文社会科学・自然科学 = Memoirs of Osaka Kyoiku University (ISSN:24329622)
- 巻号頁・発行日
- vol.68, pp.71-79, 2020-02
本論文においては,20世紀フランスの哲学者・哲学史家であるピエール・アド(1922-2010)が中心となって提唱された「生き方としての哲学Philosophy as a Way of Life」--その実質は「精神の修練Spiritual Exercise」--が教育思想として捉え直されることの可能性が明らかにされた。アドにおいて,哲学とは「生き方」およびその実現である。彼によれば,哲学を学ぶことは生き方を選ぶことと同義である。というのもアドが論じた古代哲学において,任意の生き方を選ぶことは同時に任意の「学派」に入門することを意味しており,その学派で学ばれるのが「精神の修練」と呼ばれるエクササイズだからである。各学派によってその実質は異なるものの,「精神の修練」では自らの生を変容させる知恵の獲得が目指されている。それゆえ「哲学の生を歩むこと」とは自らの完全な変容を期して知恵を求める営みである。アドの議論を精査していくことにより,ある生き方を決意した者が入門した学派において哲学者より「精神の修練」を通じて自らの生き方を創る,との過程を確認できる。それゆえ,学習者が哲学者となる過程は「精神の進歩」の方法とも捉えうるものであって,その進歩において学習者は自らを「精神の修練」によって教育する。「精神の修練」とは学習者が任意の学派において哲学者により手解きを受け,獲得された知恵の内面化によって変容を期するものである。この観点において「精神の修練」とは,学習者がそれによって哲学に拠る生き方を創る点において,教育思想と密接なつながりを有することが明らかとなる。