- 著者
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高林 陽展
- 出版者
- 史学研究会 (京都大学大学院文学研究科内)
- 雑誌
- 史林 = The Journal of history (ISSN:03869369)
- 巻号頁・発行日
- vol.103, no.1, pp.103-143, 2020-01
一九世紀以降の西洋世界において、大気や土壌への放出量の増加、鉛を取り扱う労働現場の増加、食品加工時の鉛の利用、水道管への鉛の使用など、人は鉛への暴露の機会を大きく増やした。その結果生じる健康被害については、職業病や環境問題をあつかった諸研究で論じられてきた。また近年、社会経済史家W・トロスケンが、近現代の合衆国東岸やイングランド北部において水道水による鉛中毒が深刻だったことを論じている。一方、二〇世紀後半以降の医学研究は、低量の鉛暴露によって神経の発達や精神疾患への罹患リスクが高まることを主張してきた。本稿は、こうした諸研究をもとに、イングランド北部の西ヨークシャー、特にシェフィールドに絞って、精神疾患を中心とした健康被害の実態を検討し、同地域における深刻な鉛暴露の実態を明らかにした。ただし、人口統計や病院史料に基づく量的な分析においては、鉛暴露による健康被害は明確には認められなかった。