- 著者
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斎藤 功
- 出版者
- The Association of Japanese Geographers
- 雑誌
- 地理学評論 (ISSN:13479555)
- 巻号頁・発行日
- vol.77, no.11, pp.734-759, 2004
- 被引用文献数
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カリフォルニア州のチュラーレ郡を対象に,本郡が大規模な酪農家の転入によりアメリカ最大の酪農郡となった過程を分析し,工業的酪農の実態を明らかにした.酪農の担い手は当初のイギリスやアルプス山麓のヨーロッパ系移民からポルトガル系,次いでオランダ系移民の子孫に変わった.1980年代以降,特に1990年代にロサンゼルス郊外のチノバレーから転入したオランダ系酪農家は,土地の販売代金を元手に2,000~3,000頭を搾乳する酪農場を複数立地させた.彼らはヒスパニック労働力と一度に70頭搾乳できるヘリンボーン式搾乳機等を使い,流れ作業方式の工業的酪農を成立させた.酪農家の耕地には畜舎から出る雑廃水を吸収させるためトウモロコシ・小麦が栽培され,それは家畜用サイレージとされ,循環利用される.また,酪農家にアルファルファベイルの干草棚が並ぶのは,それらがインペリアルバレーやユタ州などから購入されたものであることを示している.加えて,綿実,オレンジ残澤,アーモンドの皮などが酪農家に利用され,酪農家の堆肥も綿花栽培や果樹栽培に利用されている.このような地域間結合の存在も工業的酪農を支える基盤になっている.さらに,チュラーレにはLOLやCDIという農協系の乳業工場に加え,クラフト,サプートなどのチーズを生産する多くの乳製品工場が立地し,飼料会社,肥料散布会社などを含めアメリカ最大の酪農複合地域を形成している.