著者
坂本 裕規 村上 慎一郎 近藤 浩代 村田 伸 武田 功 藤田 直人 藤野 英己
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.Ab1306-Ab1306, 2012

【はじめに、目的】 骨格筋量は30歳を頂点として加齢と共に減少する。また、筋力低下による活動量の減少は生活習慣病発症の危険因子である肥満を助長する。一方、筋力や体型は運動や食事などの環境要因だけでなく遺伝的要因も関与する。運動能力に関する遺伝子は200以上、肥満に関しても127以上の遺伝子の関連が報告されている。これらは筋力やBMI、体脂肪量に関連する。しかし、筋力低下や肥満に関係する遺伝子多型の情報は臨床応用には未だ至っていない。高齢者における遺伝子のこれらの遺伝子多型を解明し、筋力低下や肥満を生じやすい対象を特定できれば、予防的な早期介入が可能になると考える。本研究では高齢者における筋力や体型に関係すると考えられる遺伝子の多型が筋力や体組成に及ぼす影響について検証した。【方法】 対象は地域在住の健常女性164名(72.8±7.08歳)とした。体型や筋力に関係すると考えられる成長ホルモン受容体(GHR)、毛様体神経栄養因子(ZFP91-CNTF)、アクチニン3(ACTN3)、インスリン様成長因子受容体(IGFR-1)に関する遺伝子多型の解析のため口腔粘膜から得た細胞を用い、核DNAを抽出(Gentra Puregene Buccal Cell Kit,QIAGEN)した。TaqmanプローブによるリアルタイムPCR法でアレルの検出を行い、遺伝子多型(SNP)を同定した。筋力と体型を評価するため、握力、膝伸展力、足把持力の等尺性筋力を測定した。さらに、超音波機器を用いて大腿遠位部内側における内側広筋の筋厚を計測した。体組成の測定は、BMI、脂肪量、体脂肪率とした。測定結果の統計処理には一元配置分散分析とTukey-Kramerの多重比較検定を用い、有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は当該施設における倫理委員会の承諾を得て行った。また対象者には実験の目的と方法を詳細に説明し、同意を得た上で実施した。【結果】 GHRにおけるSNP頻度はAA型20%、AG型50%、GG型30%であった。内側広筋の筋厚では、GG型はAG型に比べて有意に高値を示した。また膝伸展力と足把持力は、GG型がAA型に比べて有意に高値を示した。さらに握力でも同様に、GG型はAA型とAG型に比べて有意に高値を示した。この結果からGHRのGG型においては筋力や筋量が高く、A型アレルを持つ高齢女性は筋力や筋量が有意に低くなることが明らかとなった。次にZFP91-CNTFのSNP頻度はAA型44%、AT型38%、TT型18%であった。足把持力は、AT型はTT型に比べて有意に高値を示した。また脂肪量は、TT型がAA型に比べて有意に高値を示した。同様にBMIと体脂肪率においてもTT型はAA型とAT型に比べて有意に高値を示した。この結果よりTT型のSNPを持つ高齢女性では筋力が低く、肥満傾向が高いことが明らかになった。一方ACTN3とIGFR-1の遺伝子に関しては、各SNP間に有意差を認めなかった。【考察】 健常高齢女性において、GHR遺伝子多型は筋厚と筋力に、ZFP91-CNTF遺伝子多型は筋力と体組成に関与することが明らかになった。GHR遺伝子多型は筋厚と筋力の両方に影響を及ぼしていたことから、GHR遺伝子多型は筋肥大による筋力に関連することが明らかとなった。またZFP91-CNTF遺伝子多型は筋厚には影響を及ぼさなかったことから、ZFP91-CNTF遺伝子多型は神経系が関与する筋力に関係すると示唆された。先行研究ではGH投与によって青年の除脂肪体重が増加するとしている。またCNTF遺伝子多型は成人の筋力に影響を及ぼすとされている。以上のことから、健常高齢女性においてもGHR遺伝子多型は筋量に、ZFP91-CNTF遺伝子多型は筋力に関与すると考えられる。ACTN3遺伝子に関して、持久力を要するスポーツ選手と瞬発力を要するスポーツ選手の間で遺伝子型が異なるとの報告がある。一方、ACTN3遺伝子多型は筋力に影響を及ぼさないとする報告もある。本研究では、高齢女性におけるACTN3遺伝子多型は骨格筋量や筋力に影響を及ぼさなかった。異なるスポーツ特性間では差異を認めるが、地域在住の健常女性のような一般的な対象者では差異を認めなかったため、ACTN3遺伝子はトレーニングへの反応性に影響を及ぼすものと思われる。また本研究ではIGFR-1遺伝子多型は筋力と体組成の両方に影響を及ぼさなかった。先行研究ではIGF-1遺伝子多型が筋力に影響を与えるとされているが、その先行研究では対象が白人と黒人に限定されている。本研究の対象は日本人のみであったため、人種の違いによって異なる研究結果がもたらされた可能性がある。今後は対象集団を拡大することと、理学療法介入の効果を検討することが課題であると考える。【理学療法学研究としての意義】 GHRとZFP91-CNTFの遺伝子多型が高齢女性の筋力や体組成に影響を及ぼす事が明らかになったことから、筋力低下や肥満を生じやすい者を特定し、早期から理学療法士が介入できるようになる可能性が示唆された。

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