著者
淡野 寧彦
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2017, 2017

<b>1.はじめに</b><br> 海外農産物産地との競合が続くなか,日本においては様々な食料のブランド化が図られ,産地の存続を目指す手段の1つとして展開されている。報告者はこれまで,食肉のなかでも豚肉を対象とし,そのブランド化を図る動きである銘柄豚事業の進展を通じて,豚肉価格の維持や流通企業・消費者らとの新たな連携構築などによって産地の存続が図られていることを示した。ところで,何らかのかたちで消費者から好評を得てブランドとしての地位を確立するためには,「おいしい」などの満足感やイメージをもたらす必要があろう。この際,どのような生産・流通手法や情報発信をもとにおいしさや品質の良さを実現,アピールする傾向にあるのか,またこうした手法に産地の特色や何らかの地域的な差異が生じているのかといった点も,産地の存続策を検討するうえで注目すべき内容と考えられる。そこで本報告では,全国の銘柄豚事業を対象として,生産サイドの情報発信のあり方をブランド名および事業の特徴に関する記述に注目して分析し,差別化の特色と空間性について検討する。<br><br><b>2.銘柄豚事業における表現方法の特色</b><br> 1999年から2016年までに計7冊が発行された『銘柄豚肉ハンドブック』をもとに,まず掲載事業数の推移をみると,1999年:179件&rarr;2003年:208件&rarr;2005年:255件&rarr;2009年:312件&rarr;2012年:380件&rarr;2014年:398件&rarr;2016年:415件と年を経るごとに銘柄豚事業は増加している。このうち本報告では分析の都合上,2014年までの事業を対象とする。2014年のハンドブックに掲載された全事業を合わせた銘柄豚の年間出荷頭数はおよそ720万頭に上り,単純換算すれば国産豚の2頭に1頭は何らかの銘柄豚として出荷されたことになる。ブランド名には,牛肉と同様に地名が用いられることが多い傾向にある。一方で,銘柄豚とする根拠については,実施主体が独自に改良した飼料の使用を挙げる事業が多く,必ずしも産地が存在する地域との関係性が重視されているとはいい難い。<br> 次に,各実施主体が銘柄豚の特徴として記した説明文の用語に注目する。豚肉のおいしさを示す表現として,「コク」ないし「ジューシー」の用語を銘柄豚の特徴に含めた事業は1999年の10.6%から2014年には14.8%と微増したが,「甘い」を用いた事業は同12.8%から31.9%と大幅に増加した。このことから,肉の旨味よりも甘味を重視すること,あるいは「甘い」ことが肉のおいしさの判断材料になっていることが推測される。一方,「やわらかい」を用いた表現は,1999年には40.8%の事業でみられたが,2014年には28.9%に減少した。このほか,肉の「脂」身について言及した記述は同33.0%から43.0%に増加したが,このなかでも脂が「甘い」ことを強調した記述が同13.6%から42.1%に急増した。また「赤身」に関する記述も同1.1%から4.0%に若干増加しており,これらから肉のおいしさ自体を端的にアピールする方法が増えているものと思われる。他方で,「安心」や「安全」を用いた説明文は,同27.9%から16.1%に減少した。報告当日は,上記に関連してテキストマイニングによる分析も含めて,銘柄豚のアピール方法の特色や産地との関係性について,より詳しく検討する。<br><br><b>3.おわりに</b><br> 食肉を生産する畜産の現場と消費者との間には,社会的・空間的な距離や乖離が存在しており,これらは容易には解消できないことから,食肉を購入する際などの選択要因にはそのイメージが大きく影響すると推察される。食肉供給の仕組みや需給量の大小にのみ注目するのではなく,食肉のイメージの形成要因となるアピール方法や,そのなかの語句や文章全体の記され方などの分析を通じて,今後はとくに中小規模畜産業産地の存続や革新に結びつく要素を考察していきたい。

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【メモ】淡野寧彦(2017)「肉は『うまい』のか,『あまい』のか―銘柄豚事業にみられる差別化の特色と空間性の一考察ー」, 『日本地理学会発表要旨集』 https://t.co/1xkhtKVJy4

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