著者
淡野 寧彦
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.80, no.6, pp.382-394, 2007-05-01 (Released:2010-03-12)
参考文献数
15
被引用文献数
3 2 2

本稿は, 茨城県旭村における養豚業の存立形態を示すとともに, 銘柄豚事業による農産物のブランド化が, 養豚業の存続にもたらす有効性と課題にっいて検討した. 旭村では, 1970年代以降, 養豚専業経営農家が現れ, 養豚団地の整備や糞尿処理設備の導入によつて, 養豚業の基盤が整えられた. 産地全体での生産・出荷体制は構築されず, 個々の農家による経営規模拡大や生産性の効率化によって, 茨城県最大の養豚産地となっている. しかし現在, 環境問題対策への負担増や肉豚取引価格の下落が課題となっており, その対策として銘柄豚事業が取り組まれつつある. 銘柄豚事業への着手は, 生産部門にとって, 肉豚取引価格の向上や安定, 流通・販売部門との結びつきの強化, 豚肉の販売状況に関する情報の入手といった利点を生み出している. 一方, 販売部門からは, 質的・量的安定性やトレーサビリテイの実現可能性が, 銘柄豚事業の利点として評価されている. しかし, 銘柄豚の流通範囲が限定的であることや, 小売業者によって銘柄豚の取扱いに差異があるといった課題が生じている.
著者
淡野 寧彦
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2005, pp.94, 2005

_I_.研究の視点と目的 戦後の畜産物消費の増加とともに,日本の養豚業産地は発展を遂げてきた。しかし,近年の食品流通のグローバル化や食品の輸入自由化が進むなかで,国内の養豚業にとって海外産地との競合は避けられない状況にある。一方で,BSEや鳥インフルエンザの発生,産地表示の偽装といった畜産物の生産や流通に対する消費者の不信感から,食品の安全性を重視する消費者ニーズなども発生している。こうした問題に対し,国内の養豚農家や豚肉を取り扱う食肉業者などは,事業の合理化や再編成,あるいは新たな事業展開を行わねばならない状況にある。 本研究では,上記のような養豚業を取り巻く課題への産地の対応として,高付加価値食品による商品の差別化に視点をおき,特に近年,全国各地で着手されている銘柄豚の生産・販売に着目して検討する。事例地域として,大消費地を抱える関東地方において,著しい飼養頭数の増加が起こり,かつ,現在,銘柄豚の生産が行われている茨城県旭村を選定した。_II_.関東地方における銘柄豚生産・販売の類型 『銘柄豚肉ハンドブック 改訂版』に記載されている銘柄豚のうち,関東地方において養豚農家によって生産が行われている銘柄豚43種類を取り上げた。これらは実施主体の性格から,大きく3つに分類できる(右図)。特にこのなかで,近年の銘柄豚生産・販売の性格を有するものは,「農協主導型」と「個人主導型」のなかでも複数の出荷先を持つ「複数取引系」である。_III_.銘柄豚の生産・販売の実態と課題 _-_茨城県旭村の事例から_-_ 茨城県旭村は,全生産額に対する第1次産業の割合が約50%を占める農村地域で,メロンや甘藷栽培とともに養豚業も発展している。旭村では,今日,「農協主導型」の属する「ローズポーク」と,「個人主導型複数取引系」に属する「はじめちゃんポーク」の生産が行われている。旭村でローズポーク生産にたずさわるのは,農協に出荷する養豚農家6戸のうち3戸であり,そのなかには母豚55頭という小規模な経営の農家も含まれる。ローズポークの生産・販売には,農協によって生産方法や生産農家,流通経路,販売店が指定され,高付加価値食品を供給する独自の枠組みが構築されている。しかし,販売される地域が限られ,販売量も伸び悩んでいる。一方,「はじめちゃんポーク」の生産・販売では,母豚5000頭を飼養する極めて規模の大きい養豚農家が銘柄豚生産に着手し,出荷された肉豚は複数の食肉業者によって関東地方一円に流通している。しかし,銘柄豚生産農家は流通や販売に直接関わっていないため,銘柄豚として販売されるかどうかはそれぞれの食肉業者の対応に左右されがちである。_IV_.関東地方における養豚業存立にとっての銘柄豚の意義 関東地方における銘柄豚生産の大部分は養豚農家によって行われており,個々の養豚農家が自らの経営方針のなかで生産に着手している。このことは,これまでにも指摘されてきた,農家を中核とする養豚業が現在も存続していることを意味している。その一方,流通や販売の面では,農家や食肉業者,農協,販売店などの間での結びつきが弱いために,銘柄豚による商品の差別化が十分行われていないことが明らかとなった。
著者
淡野 寧彦
出版者
地理空間学会
雑誌
地理空間 (ISSN:18829872)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.21-43, 2016 (Released:2018-04-04)

本稿は,近年,急速に生産が拡大した飼料用米に注目し,飼料用米を活用した養豚業を含む耕畜連携が進展した要因と地域農業への影響について,首都圏の生活協同組合が中心となって取り組まれる「日本のこめ豚」事業を事例に考察した。飼料用米を生産する岩手県軽米町においては,長らく続く主食用米の生産調整に苦心し,かつ地域の主要農産物であるたばこ生産の減衰がみられるなかで,経営規模の異なる様々な農家にとって着手しやすい飼料用米生産が有効な手段の一つとなり,その作付が増加した。さらに経営規模の大きい秋田県鹿角市の農事組合法人においても,飼料用米生産は効率的な転作作物品目として歓迎された。そして,これらによって生産された飼料用米は,環境負荷の低減や商品の流通・販売情報の入手とその活用に積極的な秋田県小坂町の養豚業者によって活用され,その豚肉を販売する生活協同組合も,詳細な情報提供や産地見学などによって組合員である消費者からの評価を高め,販売が急拡大した。本事業の進展は,耕作放棄地の発生防止や飼料原料の自給率向上などの課題への対策を,消費者に「見える」さらには「見せる」ことによって具体化し,生産者らの取り組みへの共感をもたらした。飼料用米生産の継続は補助金交付を前提としたものであることは否めないが,複数の地域や異業種間,また消費者も含めた連携や連帯感の創出が,地域農業の新たな展開や存続に好影響をもたらすものと考えられる。
著者
淡野 寧彦
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2020, 2020

<p><b>1.はじめに</b></p><p></p><p> 各地域に存在する中心商店街は,その衰退や今後のあり方について幅広い研究分野から関心がもたれ,かつ身近な地域を知る具体例として教材にもなりうる。報告者もまた,愛媛県松山市の大街道・銀天街商店街を対象として,愛媛大学生に手描き地図を作成してもらい,その特徴についてグループワークなどを通して学生自身に分析・発表させるといった授業を展開している。また,その手描き地図にみられる諸特徴について報告者自身も分析を行い,愛媛大学により近接する大街道商店街に立地する店舗等の記載が多いことや,買物だけでなく娯楽目的の来訪も多いこと,商店街のメインストリート部分がL字状に強調されることなどを示した(淡野,2015)。</p><p></p><p> こうした傾向は毎年継続してみられるものであったが,2019年10月の授業にて作成された手描き地図には,明らかな変化がみられた。すなわち,その作成時点で全国的なブームのなかにあり,数多くの店舗が出現したタピオカドリンク(以下,TD)店に関する記載の増加である。さらに,TD店周辺部に関する描写も,過去のものと比較して詳細になる傾向がみられた。</p><p></p><p> そこで本報告は,全国的なブームを背景としたTD店の相次ぐ立地が,特定地域に対する若年層の意識や行動にどのような影響をもたらしたのかについて考察することを目的とする。主な研究方法は,2018年と2019年の愛媛大学生による大街道・銀天街商店街に関する手描き地図の内容に関する比較と,2019年の受講学生についてはTDの消費に関するアンケート調査も別途実施した。</p><p></p><p><b>2.大街道・銀天街商店街におけるタピオカドリンク店の分布と</b><b>特徴</b></p><p></p><p> 分析対象とした9店のうち8店は,銀天街商店街東端の「L字地区」と通称される場所ないしその近辺に集中立地している。また,9店中7店は2019年の開業であり,ブームの影響を強く感じさせる。各店舗の開店時間は11〜20時頃である。店舗内に15席程度の喫茶スペースを設ける店舗が2店存在したが,商品購入後は店舗外でTDを飲むこととなる店舗のほうが多い。</p><p></p><p><b>3.大街道・銀天街商店街の描かれ方とその変化</b></p><p></p><p> 2019年の手描き地図において,地図中に記載されたTD店舗数の1人あたり平均と標準偏差は,男性(45人)が0.3±0.7店,女性(48人)が1.5±1.3店となり,t検定による1%有意水準においても女性による記述のほうが有意に多い結果となった。なお,手描き地図中に示されたTD店の場所は,実際の立地とおおむね合致していた。</p><p></p><p> 次に,2018年と2019年の手描き地図中に記された全業種の店舗数の平均と標準偏差をみると,大街道商店街では10.4±4.4店から11.4±6.2店に増加したものの有意な差異は認められなかったのに対して,銀天街商店街では5.3±4.6店から7.8±6.1店と有意な増加がみられ(検定方法は同上),TD店の立地が銀天街商店街への来訪や認知の向上に影響していることが推測された。</p><p></p><p> 一方で,2019年受講学生にTDの消費について尋ねたアンケート結果では,女性において消費機会が多いものの,月2・3回以上の消費は女性全体の3割弱にとどまり,分析対象とした店舗の利用割合も30%前後の店舗が多く,必ずしも頻繁にこうした店舗を訪れているわけではない様子もみられた。なお報告当日には,Instagramに投稿された写真からTDと当該地域の関係についての検討も示すこととしたい。</p><p></p><p><b>4.おわりに</b></p><p> TD店の新たな立地は,これまで若年層が訪れる機会の少なかった場所への訪問を促し,その近辺を含む場所への認知向上に結び付きうることが,分析を通じて明らかとなった。ところで今日,社会の変化はますます急速となり,これに対して学術研究がいかに寄与しうるのか,期待と同時に厳しい視線が送られている。本抄録作成時点で,TDと地域の関係性について論じた学術的な分析は管見の限りみられない。一方で,本報告で用いた分析手法は,地理学においてオーソドックスなものが主である。社会における関心が急速に高まる現象に注目し,客観的なデータの獲得を前提としつつも,なるべく速やかに研究分野からの視点やとらえ方を広く示すことに,報告者は学術研究の1つの将来性をみたいと考えている。</p>
著者
淡野 寧彦
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.80, no.6, pp.382-394, 2007
被引用文献数
2

本稿は, 茨城県旭村における養豚業の存立形態を示すとともに, 銘柄豚事業による農産物のブランド化が, 養豚業の存続にもたらす有効性と課題にっいて検討した. 旭村では, 1970年代以降, 養豚専業経営農家が現れ, 養豚団地の整備や糞尿処理設備の導入によつて, 養豚業の基盤が整えられた. 産地全体での生産・出荷体制は構築されず, 個々の農家による経営規模拡大や生産性の効率化によって, 茨城県最大の養豚産地となっている. しかし現在, 環境問題対策への負担増や肉豚取引価格の下落が課題となっており, その対策として銘柄豚事業が取り組まれつつある. 銘柄豚事業への着手は, 生産部門にとって, 肉豚取引価格の向上や安定, 流通・販売部門との結びつきの強化, 豚肉の販売状況に関する情報の入手といった利点を生み出している. 一方, 販売部門からは, 質的・量的安定性やトレーサビリテイの実現可能性が, 銘柄豚事業の利点として評価されている. しかし, 銘柄豚の流通範囲が限定的であることや, 小売業者によって銘柄豚の取扱いに差異があるといった課題が生じている.
著者
淡野 寧彦
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2017, 2017

<b>1.はじめに</b><br> 海外農産物産地との競合が続くなか,日本においては様々な食料のブランド化が図られ,産地の存続を目指す手段の1つとして展開されている。報告者はこれまで,食肉のなかでも豚肉を対象とし,そのブランド化を図る動きである銘柄豚事業の進展を通じて,豚肉価格の維持や流通企業・消費者らとの新たな連携構築などによって産地の存続が図られていることを示した。ところで,何らかのかたちで消費者から好評を得てブランドとしての地位を確立するためには,「おいしい」などの満足感やイメージをもたらす必要があろう。この際,どのような生産・流通手法や情報発信をもとにおいしさや品質の良さを実現,アピールする傾向にあるのか,またこうした手法に産地の特色や何らかの地域的な差異が生じているのかといった点も,産地の存続策を検討するうえで注目すべき内容と考えられる。そこで本報告では,全国の銘柄豚事業を対象として,生産サイドの情報発信のあり方をブランド名および事業の特徴に関する記述に注目して分析し,差別化の特色と空間性について検討する。<br><br><b>2.銘柄豚事業における表現方法の特色</b><br> 1999年から2016年までに計7冊が発行された『銘柄豚肉ハンドブック』をもとに,まず掲載事業数の推移をみると,1999年:179件&rarr;2003年:208件&rarr;2005年:255件&rarr;2009年:312件&rarr;2012年:380件&rarr;2014年:398件&rarr;2016年:415件と年を経るごとに銘柄豚事業は増加している。このうち本報告では分析の都合上,2014年までの事業を対象とする。2014年のハンドブックに掲載された全事業を合わせた銘柄豚の年間出荷頭数はおよそ720万頭に上り,単純換算すれば国産豚の2頭に1頭は何らかの銘柄豚として出荷されたことになる。ブランド名には,牛肉と同様に地名が用いられることが多い傾向にある。一方で,銘柄豚とする根拠については,実施主体が独自に改良した飼料の使用を挙げる事業が多く,必ずしも産地が存在する地域との関係性が重視されているとはいい難い。<br> 次に,各実施主体が銘柄豚の特徴として記した説明文の用語に注目する。豚肉のおいしさを示す表現として,「コク」ないし「ジューシー」の用語を銘柄豚の特徴に含めた事業は1999年の10.6%から2014年には14.8%と微増したが,「甘い」を用いた事業は同12.8%から31.9%と大幅に増加した。このことから,肉の旨味よりも甘味を重視すること,あるいは「甘い」ことが肉のおいしさの判断材料になっていることが推測される。一方,「やわらかい」を用いた表現は,1999年には40.8%の事業でみられたが,2014年には28.9%に減少した。このほか,肉の「脂」身について言及した記述は同33.0%から43.0%に増加したが,このなかでも脂が「甘い」ことを強調した記述が同13.6%から42.1%に急増した。また「赤身」に関する記述も同1.1%から4.0%に若干増加しており,これらから肉のおいしさ自体を端的にアピールする方法が増えているものと思われる。他方で,「安心」や「安全」を用いた説明文は,同27.9%から16.1%に減少した。報告当日は,上記に関連してテキストマイニングによる分析も含めて,銘柄豚のアピール方法の特色や産地との関係性について,より詳しく検討する。<br><br><b>3.おわりに</b><br> 食肉を生産する畜産の現場と消費者との間には,社会的・空間的な距離や乖離が存在しており,これらは容易には解消できないことから,食肉を購入する際などの選択要因にはそのイメージが大きく影響すると推察される。食肉供給の仕組みや需給量の大小にのみ注目するのではなく,食肉のイメージの形成要因となるアピール方法や,そのなかの語句や文章全体の記され方などの分析を通じて,今後はとくに中小規模畜産業産地の存続や革新に結びつく要素を考察していきたい。