- 著者
-
閻 美芳
- 出版者
- 日本社会学会
- 雑誌
- 社会学評論 (ISSN:00215414)
- 巻号頁・発行日
- vol.68, no.2, pp.176-193, 2017
<p>中国は, 法律も道徳も人間関係に還元されてしまう「差序格局」が優越する社会といわれてきた. ところが, 実際に中国の民衆生活に降り立ってみると, 「差序格局」のほかにも, 「理 (礼)」などの社会規範も併存している様子がみえてくる. そこで本稿では, 山東省の一農村の日常生活を分析するなかから, これまでの中国研究が注目してきた「差序格局」構造をもつ社会において, 実際に中国の一般民衆がどのようなプロセスを経て行為の正当性基準 (根拠) を探り出し, 自らもそれに従っていくのか, そのメカニズムを考察した.</p><p>考察の結果, 民衆の公平感覚を担保する「情」に心を向かわせ, 「下からの公」を生成するのは, 「体情」であることが明らかとなった. 体情の「体」とは, その人と身を重ね合わせ, その人の身になって行動することを意味する. また「情」とは, 窮地に立たされた弱者にこころを寄せて, 思いやることをさしている. 中国の人びとは, この動詞形の「体情」(情ヲ体スル) を介して, あくまでも人間の情に忠実な, その場に必要とされる「下からの公」を, そのつど見出していた. 「体情」に焦点を当てることで, 中国社会をより立体的に理解できるだけではなく, 相手の「情」がわかることを前提とする中国の一般民衆のもつ人間観・社会観の提示につながるだろう.</p>