著者
寺尾 美保
出版者
公益財団法人 史学会
雑誌
史学雑誌 (ISSN:00182478)
巻号頁・発行日
vol.124, no.12, pp.37-61, 2015

本稿は、個別華族の実証研究を通じ、華族の側から華族資本の生成と展開についての研究をすすめようとするものである。その際に、華族資本を総体として扱うのではなく、他の華族と区別して大名華族資本として検討を行った。具体的には島津家を検討対象として、島津家が資本家となるまでの段階を追究することを通じて、大名華族資本の誕生の画期を探ることを目指したものである。<br>明治十年に金禄公債を受給した華族は、岩倉具視の熱心な説得によって十五銀行の株主となった。これは、華族資本の生成のために政府が作った道筋である。しかし、島津家の帳簿の詳細な分析からは、十五銀行の配当が、大名華族としての基本的な生活を支えた反面、それだけでは次なる投資を行うための資金を持ち得なかったことが明らかとなった。このことは、十五銀行の配当が各家でどのように管理運用されたかを検証することなくしては、資本の誕生をここにおくことができないことを意味している。また、大名華族には、華族として求められる支出の他に、旧藩の発展に寄与することも求められており、後者の支出をいかに制限するかが該期の重要な課題であった。この点の克服期も大名華族資本の誕生を知るための視角となるであろう。<br>島津家では、旧藩関係者への直接的な貸付を行わない代わりに、旧藩との関わりが深い第五国立銀行株を長期保有することで資産の保護に努め、会計管理体制の再編を行い、二四年に所有していた日本鉄道株を全て売却して資金を得たことを画期として、その後の積極的な株式投資を可能にしていた。本稿では、この時点を大名華族資本の誕生と捉え、次なる画期を株主に高額の配当をもたらした十五銀行満期の時であったと位置づけた。<br>金禄公債(十五銀行株)は、大名華族資本を誕生させるまでの大名華族を支え、彼らが資本家となる体制を整えるための猶予を与えたと評価されよう。

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