- 著者
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髙杉 洋平
- 出版者
- 公益財団法人 史学会
- 雑誌
- 史学雑誌 (ISSN:00182478)
- 巻号頁・発行日
- vol.126, no.4, pp.34-58, 2017
国策研究会は一九三四年にその前身たる国策研究同志会が設立されて以来、現在まで続く民間の総合的国策研究機関である。戦前、国策研究会は政界・官界の重要人物を多数会員にし、様々な政策研究に従事した。そのなかには、政府の政策決定に大きな影響を与えたものもある。そのため、国策研究会はときに「民間企画院」とも称された。<br>国策研究会を語るとき、特に問題とされるのは陸軍との関係である。多くの研究者が、国策研究会と陸軍省軍務局との強い関係を指摘し、国策研究会を陸軍のブレイン・トラストと見做している。しかし実際の政策研究の場で、陸軍の意志がどのように国策研究会の研究に反映され、また陸軍に還元されたのか、具体的にはほとんど明らかになっていない。<br>本稿は、国策研究会が関わった諸研究のなかでも「総合国策十ヵ年計画」に着目する。先行研究によれば、同計画は軍務局の直接の依頼によって国策研究会が研究立案し、のちに第二次近衛文麿内閣の「基本国策要綱」の原型となったとされる。すなわち、先行研究は、一民間団体である国策研究会が陸軍ブレイン・トラストとして国家の最高政策立案を事実上担当していたとする。<br>本稿は、国策研究会と「総合国策十ヵ年計画」の関係について新たな解釈を提示する。同計画の策定を実際に担当したのは、国策研究会ではなく個人的人脈によって結ばれた陸軍・革新官僚のグループであった。研究の実態は国策研究会内でも徹底的に秘匿され、研究を欺瞞するためのダミー・グループまで形成された。国策研究会は会自体としては従来言われていたほど陸軍ブレイン・トラストとして党派性を帯びた存在ではなかった。そしてそれゆえに、陸軍からは政治利用するに足る存在となっていた。同時に、その政治利用に際しては細心の配慮が必要とされたのである。