著者
茂木 謙之介
出版者
特定非営利活動法人 頸城野郷土資料室
雑誌
頸城野郷土資料室学術研究部研究紀要
巻号頁・発行日
vol.1, no.5, pp.1-24, 2016

戦前期の埼玉県秩父地方において、特権的な立ち位置をもった皇族に、昭和天皇の弟宮である秩父宮雍仁親王がいた。地域の名前を冠した皇族という存在と、それとの関係形成は、近代化の中で〈傷〉を負った地域としての秩父地方にとって、天皇(制)国民国家への参入のための階梯となっていた。また、同時代においては地域と秩父宮との関係性の深さが繰り返し語られていたが、それは地域や語りの主体の卓越化に直結するものであった。まさに〈僻地〉かつ過去に〈負〉の記憶を有する土地にとって、皇族は救済を齎す存在として在り得たのである。だが、秩父地方における皇族表象の特異性はそれだけにとどまるものではない。地域からの過剰な親密さは時として皇族の権威性を攪乱し、地域において生起していた秩父宮の神格化の進展は時として昭和天皇をも超越するような状況をも生んでいた。いわば皇族への過剰な寄り添いと、それをもととした皇族表象の生成は、結果として天皇(制)国民国家の規範を揺さぶるものともなっていたのである。

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"昭和天皇に先んじるかたちで弟宮である秩父宮が崇敬される、という近代日本においても極めて稀な情況が生起""直接の関係形成の結果、独立した崇敬対象として秩父宮が同地において表象されていた" →興味深い。

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https://t.co/1cpwAiXWIA 茂木謙之介(2016)「戦前期地域社会における皇族表象:埼玉県秩父地方における秩父宮をめぐる諸言説の検討から」。

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