著者
見瀬 悠
出版者
公益財団法人 史学会
雑誌
史学雑誌 (ISSN:00182478)
巻号頁・発行日
vol.127, no.9, pp.1-35, 2018

近世フランス王国では、外国人は相続・被相続の自由を持たず、国王は帰化せずフランス生まれの子を残さずに死亡した外国人の財産を取得できた。この外国人遺産取得権は、王国で外国人を臣民から区別する法的基準であった。本稿は、この法が外国人に対して担った機能を、適用の過程や規則・規範、関与する人々の意図や利害との関係といった実践的側面から考察することで、規範的テキストの背後にある「制度の精神」を描き出すことを試みた。最初に、外国人遺産取得権の誕生と王国の法・財政への定着の過程を概観したうえで、実施の手続きを死後財産の差押えに着目して分析し、いかにして適用対象が選定されたのかを考察した。続いて、十八世紀パリのサン=ジェルマン=デ=プレ地区でこの法の対象となった外国人の特徴を出身地、社会的地位、王国滞在の性質、帰化の有無といった観点から分析し、外国人遺産取得権の適用を抑制ないし促進した諸要因を考察した。その結果、以下の結論が得られた。まず、当時の統治技術や制度的枠組みの限界ゆえに、外国人遺産取得権を厳密に実施するのは困難であった。さらに、特定の国民集団への免除特権や国際協定による「互恵的」廃止、一部の貴族に対する特別措置によって、この法の適用は実際に制限されていた。とはいえ、外国人遺産取得権は廃れていたわけではなく、その実施には社会的属性や王国滞在の性質に関係なく外国人を一元的に定義しようとする「絶対主義的」な傾向も確認された。その背景として、外国人遺産取得権の財政的重要性の増大と、十八世紀半ばに再び表面化した王権と領主権の競合を指摘した。このように外国人遺産取得権の実施を考察することで、王権の「絶対的」権力への志向、歴史的に形成された法制度と社会の構造、主権国家間の関係を統御する国際法の発展との間で、十八世紀の君主制国家が陥った矛盾が浮き彫りになるのである。

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