著者
竹村 瑞穂
出版者
現代文化人類学会
雑誌
文化人類学研究 (ISSN:1346132X)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.2-11, 2021

<p> 本稿では、競技スポーツ界が要求する競技者の身体の自然性にまなざしを向け、そこに浮かび上がる矛盾や問題性について指摘したい。</p><p> スポーツとは、じつに長い歴史をもつ人間の身体文化であるが、その過程で、科学技術の恩恵を受けながらさまざまな変貌を遂げてきた。トラック環境一つ取り上げてもその変化には驚かされるものがあり、科学技術による外的環境の改変が、スポーツ・パフォーマンスを向上させてきたことは事実である。このようなスポーツの高度化の過程において、外的環境の改変とともに注目に値するのは、スポーツをする人間の身体に向けられた改変への志向、すなわちドーピングの問題である。</p><p> ドーピング問題に対する倫理・哲学的研究の中では、ドーピングを禁止する直接的な根拠は見当たらないという議論も展開されてきた。ドーピング禁止理由の一つの論点に「身体の自然性」という視点があるが、しかし、この自然な身体こそが競技スポーツ界で排除の対象となる場合も生じている。先天的にテストステロンの値が高い女性アスリートの場合は、この身体の自然性こそが問題視され、ナチュラル・ドーピングとして人為的にその自然性を治療しなければ競技に参加できないような事態が生じているのである。</p><p> 競技スポーツ界において求められる身体の自然性とは、いったい、どのような自然性なのだろうか。生殖細胞や体細胞を操作する遺伝子改良は"自然"なのだろうか。先天的にテストステロン値が高い女性アスリートは先天的に"自然ではない"のだろうか。このような疑問を背景に、競技スポーツ界が求める身体性をめぐる揺らぎと、要求する"恣意的な"自然性の在りようを読み解くこととする。</p>

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