- 著者
-
濱谷 真理子
- 出版者
- 日本文化人類学会
- 雑誌
- 文化人類学 (ISSN:13490648)
- 巻号頁・発行日
- vol.85, no.4, pp.691-710, 2021
<p>本論文の目的は、北インドのヒンドゥー修行道場が実施する慈善活動、特に施食を通じてどのようにヴァナキュラーな行者社会が形成されているのか、受け手となる女性「家住行者」の視点から明らかにすることである。</p><p>インド・ヒンドゥー社会では、慈善活動は一般に「社会奉仕」もしくは単に「奉仕」と呼ばれる。奉仕の慣習はもともとカースト・ヒエラルヒーの中で目下の者から目上の者への義務・献身として広く行われてきたが、19世紀の社会宗教改革運動を機に博愛主義的な色合いを強めるようになった。現在では数多くの新興教団や政治団体が人類や国家への奉仕として慈善活動を実施し支持を集めている。その一方、人道主義の立場からはヒンドゥー的慈善活動が非対称的な社会関係や自己中心的な救済論を前提としており、社会の不平等性を改善しようとしていない点が批判されてきた。それに対しBornsteinは贈与を引き起こす衝動や共感に着目し、慈善活動の担い手の間に差異を超えた<私たちのサークル>が形成されうる可能性を提示した。本論文ではBornsteinの議論を参考にしつつ、これまで見過ごされてきた慈善活動の対象、すなわち贈与の受け手に着目する。そして、慈善活動を通じてどのように友愛的な紐帯が喚起され、それがヴァナキュラーな行者社会の形成に寄与しているのか、贈与の論理と共食の倫理という2つの観点から考察する。</p>