- 著者
-
濱谷 真理子
- 出版者
- 日本文化人類学会
- 雑誌
- 文化人類学 (ISSN:13490648)
- 巻号頁・発行日
- vol.81, no.2, pp.180-198, 2016 (Released:2018-02-23)
- 参考文献数
- 29
- 被引用文献数
-
2
本論文の目的は、北インド巡礼地ハリドワールで暮らすヒンドゥー女性行者を対象とし、招宴に
参加するための情報や、招待券、招宴後の施しなど一連の贈与の分析を通じて、女性行者たちの社
会関係について明らかにすることである。
これまでのインド行者研究では、男性行者が出家制度に依拠した共同体を形成していることが明
らかにされた一方、正式な出家を認められない女性行者は、むしろ世俗社会とのつながりに依拠し
ていることが指摘されてきた。本論文では、これまで十分に考慮されてこなかった「家住行者」と
呼ばれる女性たちに着目し、彼女たちが日々の乞食実践を通じて、出家制度にも世俗社会にも依ら
ない社会的ネットワークを築いていることを明らかにする。具体的にとりあげるのは、行者を対象
とする招宴である。行者社会の序列に従う男性行者に対し、女性行者たちはさまざまな人間関係の
ネットワークを活用して、招待券を得て宴に招かれようと試行錯誤する。男性行者が社会的威信や
地位を重視するのに対し、女性行者たちにとって重要なのは、招宴の情報や招待券、施しを独占せ
ずに分け与えるべきだという贈与のモラルであった。なぜなら、女性行者は与えることを愛や配慮
の表れとしてとらえ、贈与を通じてそれが霊的な慈愛か世俗的な愛着か、愛の質を吟味するからで
ある。それによって、女性行者たちのあいだには、互酬性(世俗)と純粋贈与(出家)の側面を併
せ持つ、越境的ネットワークが形成されることがわかった。