著者
田代 靖子 伊谷 原一 ボンゴリ リンゴモ 木村 大治
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.21, pp.67, 2005

コンゴ民主共和国ルオー学術保護区ワンバ地区におけるボノボの研究は、1996年から続いた内戦後、2002年に再開された。内戦の前後でワンバにおけるボノボの生息状況に変化が生じたか、またもし変化したならその原因は何かを明らかにすることを目的として調査をおこなった。<br> 2005年1月から2月(約40日間)ワンバにおいて現地調査をおこなった。内戦前にワンバ地区に生息していた6集団の生息状況を調べるとともに、森林における人間活動について資料を収集した。また、ランドサットデータを用いて、内戦前後の二次林の分布を比較した。その結果、以下のようなことが明らかになった。(1)主な調査対象集団であるE1群は依然村に近いところを遊動しているが、個体数は変化していないのにも関わらずその遊動域が拡大し、過去に利用しなかった場所も利用している。(2)E2集団、P集団は遊動域を大きく変え、ワンバ地区とは異なる地域を主な遊動域としている。(3)他のB, K, Sといった3集団の生息状況は不明。(4)多くの一次林が伐採されて畑になっている。<br> 1973年の調査開始時から内戦開始前まで、各集団の遊動域が大きく変化することはなかったことを考えると、内戦による人為的な影響によってボノボの遊動域が大きく変化した可能性が高い。銃や罠を用いた密猟という直接的な影響以外にも、戦争中村人の多くが森に逃げ込んで生活したことや、戦後の貧困から一次林を伐採した焼畑が急速に拡大したことなどによる植生の変化が、ボノボの生息数を減少させ、各集団の遊動域に影響を与えたと考えられる。ワンバの村人はボノボを食べないが、他の地域からの密猟者の侵入という直接的影響に加え、生息環境の変化という間接的な影響によって、ボノボの生息数が急激に減少していることが予想される。コンゴ民主共和国全体のボノボの詳しい生息状況は不明だが、かなり危機的な状況にあると考えられる。