著者
兼子 純 菊地 俊夫 田林 明 仁平 尊明 ワルデチュック トム
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2017, 2017

ローカルレベルでの小規模な流通,もしくは生産者と消費者間のダイレクト・マーケティングの重要性が,その土地の自然条件や位置関係,歴史的・文化的背景,産業構造などの地域の文脈で議論されることが必要であり,こうした動きに食料の生産の場として機能してきた農村地域や農業者がどのように対応しているのか明らかにする必要がある。本研究は,カナダ・ブリティッシュコロンビア州(BC州)バンクーバー島のカウチンバレー地区を対象として,地域資源を活かしたアグリツーリズムの事例分析から,農村観光の特徴を明らかにする。<br> バンクーバー島は,BC州の南西端に位置する。島全体の人口は約76万であるが,2000年以降一貫して増加を続けている。主要都市は島の南東部に集中しており,BC州の州都であるビクトリア(人口:約34万)は島の南東端に位置する。島の主要産業は元々林業であったが,近年では豊かな自然環境を活かしたアウトドア観光のほか,植民地時代の遺産を活かした都市観光に加えて,農村観光が盛んになっている。 研究対象地域であるカウチンバレー地区は,バンクーバー島の南東部,州都ビクトリアの北に位置する。カウチンバレー地区はカナダで唯一地中海性気候帯に属する温暖な地域である。このような気候条件に加えて,山や海,湖が地区内に近接して存在するという自然環境,島の主要都市から車でおよそ1時間という立地条件から,近年観光業に力を入れている。&nbsp; <br> カウチンバレー地区では恵まれた自然条件の下,多様な農業が展開され,それらを観光に結びつける動きが盛んである。当地区では西部が山間地で農業不適である一方,中央部の丘陵地では畜産関係,東部を南北に走る主要道路沿いには果樹・野菜生産など高付加価値で比較的集約的な農場が分布するとともに,菊地ほか(2016)で示されたワイナリーも分布する。 農業生産者はいくつかの形態でアグリツーリズムの場を提供する。一つは主要都市ダンカンで毎週土曜日に開催されるファーマーズ・マーケットである。このマーケットは通年開催で,出店登録者は177(2016年)である。地元農業者を中心に出店があり,直売としての機能のほか,出店者の農場と消費者を結びつける役割を果たしている。 ワイナリーはカウチンバレー地区を特徴づける重要なアグリツーリズムの場であるが,ここでは地区で唯一のアップルサイダー農場の事例を紹介する。地区南部の丘陵地コブヒルに立地するこの農場では,自園地で生産したリンゴからアップルサイダーを生産・販売している。整備された園地ではリンゴの生産,商品の直売のほか,ビストロが併設されるとともに,結婚式場としても使用される。その他に発表では,地域密着型農業に取り組む農家レストランの事例,ファームツアーを開催する水牛農家の事例を紹介する予定である。<br> 対象地区の海岸部に位置するカワチンベイ(図1)は,2009年に北アメリカで最初のスローシティ組織である&ldquo;Citta Slow(チッタスロウ)&rdquo;コミュニティに認定された。カワチンベイは夏季には大変賑わいを見せる観光地になっているが,同組織の活動趣旨は経済的な観光地化ではなく,農村地域のコミュニティ形成にあるという。本発表では,このスローシティの実態を紹介したい。