著者
地神 裕史 濱中 康治 三富 陽輔 中村 拓成 加藤 知生
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2013, 2014

【はじめに,目的】近年,中高齢者の健康増進に対する意識の高まりにより水泳愛好者の数は増加している。一般社団法人日本マスターズ水泳協会の2012年度の統計では協会に登録している選手数は年々増加しており,登録者数が最も多い区分は60-64歳であったと報告している。また,水泳は日本整形外科学会が提唱するロコモティブシンドローム予防のための運動としても推奨されており,今後も愛好者の増加が予想される。一方で水泳,特に競泳は肩関節や腰部の障害が多いスポーツであることも過去の先行研究により明らかになっている。健康増進のために始めた水泳により運動器の障害を引き起こし,ADLやQOLを低下させぬよう,理学療法士として適切な知識をもってこれらの愛好者をサポートすることは非常に意義深いと考える。我々が所属している日本水泳トレーナー会議は創設22年を経過しており,約100名の理学療法士が所属している。22年の間に水泳選手に対する様々なサポート活動を展開してきた。今回,当会に所属する理学療法士を中心にマスターズの水泳大会をサポートし,マスターズスイマーの障害に関する調査を実施すると同時に,コンディショニングを行う機会を得た。よって本研究の目的は,マスターズスイマーの障害の実態を調査すると同時に,理学療法士に求められるコンディショニングの手技や対応部位を明らかにすることで,水泳愛好者に対して適切な医学サポートを実施するための情報を蓄積することである。【方法】対象は日本マスターズ長距離大会に参加した水泳愛好者839名(女性265名,男性374名)のうち,我々が開設したオープンブースを利用した83名(女性58名,男性25名)とした。対象者に対して水泳歴や主訴など一般的な情報を聴取し,症状に対する運動療法やマッサージ,ストレッチなどを行い,その実施内容や実施部位を解析した。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は日本水泳トレーナー会議の倫理委員会の承認(承認番号13-002)を受けて実施した。対象者に対しては書面にてインフォームドコンセントを実施し,本研究の趣旨を理解し,賛同した対象者には署名にて同意をもらった。【結果】本研究の対象者の年齢は52.9±13.0歳(21-77歳),水泳歴は19.3±12.6年(1-55年)であった。主訴部位は重複ありで計161部位,そのうち「肩関節」が最も多く全体の28.6%であった。次いで「腰部・骨盤帯」が18.0%,「股関節」が14.3%であった。また,実施した手技の数は,重複ありで計208,内訳は「マッサージ」が全体の59.1%,「ストレッチ」が30.8%,「エクササイズ」が9.6%であった。【考察】上述したように,健康増進のために水泳を始める中高年者は今後も増加することが予想される。一方で水泳は肩関節や腰部の障害を引き起こす可能性もあるが,荷重関節に負荷が少なく,適切なサポートを行うことで長く継続できるアクティビティになると考える。今回の結果から,マスターズスイマーの抱えている痛みの部位は肩関節が最も多く,次いで腰部・骨盤帯という結果であった。これは半谷らが行った競技力の高いトップ選手に対して行った先行研究と同様の結果であり,障害部位は競技力に依存するものではなく,競技特性により生じている問題点であることが明らかとなった。また,コンディショニングに対するニーズや実際に対応した手技を集計した結果,マッサージやストレッチが多くなった。その要因として,水泳はノンコンタクトスポーツであり,障害の発生機序の多くはオーバーユースによるものであることが挙げられる。筋や腱の炎症に由来する痛みであれば,適切な疲労回復を促すような手技を講じることが結果的には障害予防に直結することが示唆された。しかし,セルフコンディショニングの意識が高いトップ選手に対して行った同様の調査では,マッサージを希望する割合は全体で50%以下であったことを考えると,マスターズスイマーはまだまだ自身で行えることを適切に行えておらず,トレーナーなどの第3者に依存的である姿勢が明らかとなった。今後,会としても教育啓発活動を継続的に実施し,セルフコンディショニングの意識を高めることで末永く水泳を続けられる中高年者が増えるようなサポート活動を展開していくことの必要性を感じた。【理学療法学研究としての意義】理学療法士はスポーツ領域において障害予防のサポートをリードするスペシャリストとなる必要がある。今回のような研究を通じて障害の実態や現場でのニーズを調査し,その結果から具体的な取り組みを実施することは大変意義があると考える。