著者
奥谷 喬司 上村 清幸
出版者
The Malacological Society of Japan
雑誌
貝類学雑誌 (ISSN:00423580)
巻号頁・発行日
vol.32, no.2, pp.39-_47-2_, 1973-07-31 (Released:2018-01-31)

房総半島勝浦沖南東10∿20浬に形成されるスルメイカ漁場から, 当業者が"アブライカ"と通称しているイカが屡々混獲される。著者の一人, 上村が1972年8月, 10月, 12月に同漁場の漁獲物中から見出した"アブライカ"の9標本(5♂, 4♀)につき研究した結果, これが日本未記録属Nototodarus PFEFFER, 1912に属する未記載の一種と判明したので, ここにNototodarus nipponicus n. sp.の新名を与え記載した。和名にはアブライカを採用したい。Nototodarus属とした根拠は, (1)漏斗溝に, 縦襞しかない(Todarodinaeの特徴), (2)側腕大吸盤角質環上の歯のうち最外縁の1歯が他のものより著るしく大きい, (3)両腹腕とも交接腕として変形していることである。同属には4既知種(N. sloani (GRAY)=属模式, ニュージランド∿フィジイ;N. gouldi (MCCOY)タスマニア∿オーストラリア;N. hawaiiensis (BERRY)ハワイ;N.philippinensis Vossフィリッピン∿南シナ海)があるが, 本新種は, それらとは(1)外套膜表面に一種のモザイク様又は小鱗様の彫刻がある, (2)外套膜が太短い, (3)鰭幅が外套長の70%に及ぶ, (4)鰭の後縁角が著るしく大きく, 120°∿130°であるなどの点から容易に区別される。なお, これらの特徴のうち(1)は, 本種の属するアカイカ科Ommastrephidae中には他の例を見ない。本新種に関して生物学的知見はほとんどない。しかし, これが勝浦南東沖を中心とする10∿20浬の大陸棚縁辺部に形成されるスルメイカ漁場から混獲される所から見ると, 1972年は黒潮の接岸傾向が強く, 魚群の滞泳する深度100∿250mの範囲は夏冬を通じて20°∿11℃(中心15℃)にあったので, 本新種もほぼこの付近に分布するものと考えられる。