著者
伊藤 和彦 中川 成男
出版者
神戸大学
雑誌
神戸大学農学部研究報告 (ISSN:04522370)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.537-546, 1985-01-31

印伝革の素材となる脳漿なめし白革はどのような革か, 走査型電子顕微鏡と光学顕微鏡で皮練維の分離及び脂質の分布状態を観察した。なめし剤となるウシ脳については, 新鮮脳を1年間貯蔵して腐敗させた脳漿について, これらの一般組成と共に, 貯蔵中の酸敗による脂質の変性成分を溶剤分画法によって分離すると共に, 特に低分子のアルデヒド成分についてはガスクロマトグラフィーによって分離同定した。脳漿なめし白革の特性に関しては, この革と類似の姫路白革, セーム革などと比較して, 熱収縮温度, 熱溶脱窒素, 耐酸, 耐アルカリ性, トリプシン消化性などの相違から検討し, 最後に革の機械的強度についても試験を行った。得られた主な結果は次の通りである。1) 脳漿なめし前後のへら掛けの効果が, 皮線維の分離の状態から認められた。2) 新鮮脳と脳漿との比較で, 一般分析, 脂質の特数, 脂質の溶剤分画及びアルデヒドの同定などの結果から, ウシ脳の脂質は酸敗により, 低分子のアルデヒド, 遊離脂肪酸などに変性されているのが認められた。3) 脳漿なめし白革の特性を, これと類似の姫路白革, セーム革などと比較すると, 耐熱, 耐酸, 耐アルカリ, 耐酵素性などから, 姫路白革, 鹿生皮とよく似た性状で, これらの結果からみて, なめしの効果はかなり少ない。印伝革の柔軟性は鹿皮線維の特別な性状とコラーゲン線維束のほぐれによるものであり, 特有の滑る様な感触は脳の貯蔵中に生じたリン脂質分解産物の影響が大きいものと思われる。特に有効な鞣皮成分はなく, 油脂を用いて, 単に機械的に皮線維をもんで柔らかくするのが原始的製革法の一つのあり方である。
著者
久保 知義 中川 成男 近藤 健次郎
出版者
神戸大学
雑誌
神戸大学農学部研究報告 (ISSN:04522370)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.140-150, 1971

さきに, 皮革の製造工程における皮組織を偏光顕微鏡によっても十分に観察し得ることがわかった。それ故に, 本実験では, 未鞣製皮, ならびにクロム革, ジルコニウム革, 植物タンニン革および植物タンニン再鞣クロム革の線維構造の観察を行ない, また, これらの皮革を比較的高温熱処理を行なった場合のコラーゲンの結晶構造の変化を複屈折性について観察した。1. 皮および種々の鞣製革を偏光顕微鏡で観察すると, 未鞣製皮のコラーゲン線維束の直径は比較的小さく, クロム革あるいはジルコニウム革の鞣剤低含量革のそれは未鞣製皮とほぼ同じであった。しかし, 鞣剤含量がより増加すると, コラーゲン線維束の直径は大となり, 鞣剤を結合することによって線維密度は大きくなり, 多孔性が失われる傾向があった。2. 種々の皮革を比較的高温で処理することによって, 網様層のコラーゲン線維束の直径は減少する傾向が認められ, 熱変化がさらに進むと, 未鞣製皮ならびに鞣製革の鞣剤含量の少ない場合, コラーゲン線維は複屈折性が全面的に, あるいは部分的に失われた。この現象は, 未鞣製皮ならびに植物タンニン革とジルコニウム革において同じ様な傾向で認められ, 水分約30%, 熱処理温度, 130℃以上において認められた。しかし, クロム革はこれらよりきわめて安定であった。3. コラーゲンの結晶構造の熱処理による変化, すなわち複屈折性の変化は, 鞣剤の種類, その量および水分の量によって影響を受けることから, コラーゲンの非結晶部分への鞣剤の結合様式が, コラーゲンの結晶構造にもある程度影響を与えるものであることを示唆している。