著者
中村 輝石 身内 賢太朗
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.71, no.7, pp.469-473, 2016-07-05 (Released:2016-10-04)
参考文献数
9
被引用文献数
1

宇宙の構成要素のうちで通常の物質は5%でしかない.―宇宙マイクロ波背景輻射の観測などの結果から導かれた,最新の宇宙像である.残りの1/4は銀河や銀河団を重力的に結び付けている「暗黒物質」と呼ばれる未知の物質,3/4は宇宙の加速膨張の源として働く「暗黒エネルギー」と呼ばれる未知のエネルギーである.暗黒物質の存在は,1930年代に銀河団中での銀河の運動を説明するために,ツビッキーによって提唱された.その後1970年代になると銀河の回転曲線を説明するために,銀河を「ハロー」のように取り囲む暗黒物質の存在が示唆された.2000年代には,宇宙マイクロ波背景輻射の観測等によって,宇宙全体での暗黒物質の量が議論されるようになってきた.このように銀河,銀河団,宇宙全体という異なった階層での存在が確認されている暗黒物質であるが,その正体は全く不明である.暗黒物質の性質を解明すべく世界中で様々な実験的研究が行われている.それらは大別して 1)加速器で暗黒物質を生成し信号を検出する(加速器実験) 2)銀河中心などにとらえられた暗黒物質同士の対消滅からの信号を検出する(間接探索) 3)暗黒物質と通常の物質との反応を検出する(直接探索)の3つに分類することができる.本稿で取り扱うNEWAGE(NEw generation WIMP search with an Advanced Gaseous tracking device Experiment)実験は直接探索実験のひとつである.暗黒物質直接探索実験では,我々の住む天の川銀河にとらえられている暗黒物質と,検出器を構成する通常の物質との反応で検出器が得るエネルギーを検出する.ただし,こうした「検出器」は我々の身の回りに多く存在するガンマ線や中性子などの通常の物質に対しても反応し,バックグラウンドとなる(通常の粒子線検出器を,暗黒物質直接探索のための検出器に「借用」しているといった表現の方が近い).バックグラウンドの多くは宇宙から飛来する「宇宙線」と呼ばれる粒子線に由来するため,宇宙線を避けるために直接探索実験は地下深い実験室で行うことが一般的である.NEWAGEは,東京大学宇宙線研究所神岡宇宙素粒子研究施設の地下実験環境を,共同利用により使用させて頂いている.右下の図に暗黒物質と太陽系の銀河内での運動を模式的に示す.暗黒物質は銀河内でランダムな方向に運動していると考えられており,太陽系の速度で一定の方向に運動する我々には「暗黒物質の風」が吹き付けているように感じられる.NEWAGEではこれまでの直接探索実験で得られるエネルギー情報に加えて,反跳された粒子の飛跡という情報を加えることで暗黒物質の到来方向の検出を可能とし,暗黒物質直接検出の強い証拠を得ることを目指す.NEWAGEは,国内で開発された三次元飛跡検出器を用いた実験で,方向に感度をもつ暗黒物質探索分野で世界をリードしている.今回新たに製作した検出器「NEWAGE-0.3b′」を用いて神岡地下実験室で観測を行い,これまでに得られていた制限を約一桁更新した.現在は,感度を向上して暗黒物質の検出を目指すために,検出器起源のバックグラウンド低減を進めている.
著者
中村 輝石
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

到来方向に感度を持つ暗黒物質探索実験において、新しい出器NEWAGE-0.3b'開発・生能評価を行ったのちに神岡地下で探索実験を行った。この検出器は、2010年に行われた前回の測定時に比べると次のような改良が施されている。①角度分解能と標的質量から最適化されたドリフト長40㎝とμ-prcを完全に覆うことができるGEMを用いて2倍の体積がある。②低圧ガスを用いることでより短い飛跡に関しての角度分解能を定義できることにより、エネルギー閾値が100keVから50keVに低減している。③新しいデータ取得システムの導入により、飛跡の形状が持つエネルギー損失の情報を用いてガンマ線バックグラウンド事象を効果的に除去できる。④冷却活性炭を用いたガス循環システムと検出器内のドリフトケージを低バックグラウンド素材であるPEEKに置き換えることでバックグラウンド源であるラドンの量を1/50以下に低下できる。2013年の7月から11月にかけて0.327㎏・daysの測定を行い、その間安定性を確認するために定期的にエネルギー校正や検出効率の測定を行った。測定の結果、200GeV/c2の質量の暗黒物質に対して577pbのSD散乱断面積の上限を得た。これは、前回測定時より約10倍感度が高く、方向に感度を持つ実験における世界最高感度を更新した。また、Geant4のシミュレーションを用いて残存バックグラウンド事象について詳細な調査を行い、画像検出器として用いているμ-PICの絶縁体部に含まれる放射性不純物の寄与が大きいことを突き止めた。今後、低バックグラウンドμ-PICの開発が進むとさらに10倍の感度向上が見込まれ、DAMAの主張する領域の探索が可能となる見通しを作った。