著者
嘉田 由紀子 中谷 惠剛 西嶌 照毅 瀧 健太郎 中西 宣敬 前田 晴美
出版者
環境社会学会
雑誌
環境社会学研究
巻号頁・発行日
no.16, pp.33-47, 2010-11-10

滋賀県は,生活者の視点から環境問題をとらえる生活環境主義に立脚した治水政策として,"流域治水"を標榜している。流域治水を政策現場で展開するには,(1)生活者の経験的実感を総体としてとらえ科学的に定量化すること,(2)現場主義に基づくボトムアップ型の議論展開により部分最適ではなく全体最適を図る行政判断を導くこと,(3)既存の政策システムの否定ではなく不足を補完するという立場で新たな施策の必要性を説明すること,という3つのアプローチが必要となることがわかった。そのため,滋賀県では地形・気象・水文等の基礎調査や数値解析等を駆使し,生活者が実感できるリスク情報として,個別の"治水施設"の安全性(治水安全度)ではなく,生活の舞台である"流域内の各地点"の安全性(地先の安全度)を全県下で直接計量し,治水に関する政策判断の基礎情報として活用している。「地先の安全度」に関する情報を基に新しい治水概念を構築し,実際に政策への導入を図る場合には,住民,自治体など多様な当事者の幅広い合意が必要となる。行政組織にとっては,縦割りの部分最適が組織的責務となっており,担当以外の業務に自発的に手出しすることが難しい。そのため,生活現場の当事者である地域住民からボトムアップ型で議論を展開し,それらを判断材料とすることで,縦割りゆえの意思決定の困難さを克服しようとしている。また,新たな政策展開には,新旧両概念のwin-win関係を意識した問題解決が重要であることがわかってきた。そこで,流域治水に係る制度の設計にあたっては,新旧概念間に生じる対立構造のみが強調されすぎて本質的な議論が妨げられないように,既存治水計画を所与の条件とし,それらを補完する選択肢を追加する立場をとりながら政策の実現化を図っている。前記のような滋賀県での流域治水に関する一連の取り組みは,試行錯誤の積み重ねの結果であり,公共政策に生活者の経験的実感を取り入れるための貴重な先行事例となりうる。