著者
根岸 義光 丸山 孝彦 山元 正継
出版者
地学団体研究会
雑誌
地球科學 (ISSN:03666611)
巻号頁・発行日
vol.56, no.5, pp.269-288, 2002-09-25

栃木県足尾山地北部には西南日本内帯の濃飛流紋岩類に対比される後期白亜紀〜古第三紀珪長質火山岩類が分布する.同火山岩類のうち最も広い露出面積を持つものは,中禅寺湖南岸に分布するいろは坂溶結凝灰岩類である.いろは坂溶結凝灰岩類は野外観察および顕微鏡観察結果に基づき,6つの火砕ユニット,1つの火砕サブユニット,そして3つの火山ステージに区分されることが判明した.岩石化学的性質に基づくと,いろは坂溶結凝灰岩類を噴出したマグマはマグマ溜りの下方から上方へと珪長質成分に富む累帯マグマであり,マグマの形成は大きく3回の時期に分かれていたと思われる.また帯磁率値から推定されるマグマを取り巻く形成環境は,ステージ初期において酸化的状態,ステージ中期〜後期において還元的状態であったことが示された.さらにステージIIから得られたSr同位体比初生値(0.71173±0.00028)を加味すると,いろは坂溶結凝灰岩類のステージ中期〜後期に噴出したマグマの形成は,起源物質と基盤岩類との混成作用を通して行われたことが示唆される.加えて,いろは坂溶結凝灰岩類を供給したマグマメカニズムとYellowstoneやTaupoにおける大規模珪長質火砕流堆積物を供給したマグマメカニズムとの類似性に着目すると,いろは坂溶結凝灰岩類の主要ユニットマグマは,引張応力が卓越する中,地殻歪み速度の遅い静穏な環境のもとで形成されたと推定される.いろは坂溶結凝灰岩類から今回得られた岩石学的諸性質に基づくと,いろは坂溶結凝灰岩類の火山活動は原山ほか(1985)による西南日本内帯中部地方の火成ステージ区分のうちステージIIIチタン鉄鉱系の活動に対比され,笠ケ岳流紋岩類や大雨見山層群の火山活動に相当することが明らかになった.