- 著者
-
佐々木 顕
東樹 宏和
井磧 直行
- 出版者
- 一般社団法人 日本生態学会
- 雑誌
- 日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
- 巻号頁・発行日
- vol.57, no.2, pp.174-182, 2007-07-31 (Released:2016-09-15)
- 参考文献数
- 41
日本のヤブツバキCamellia japonicaの種特異的な種子食害者であるツバキシギゾウムシCurculio camelliaeの雌成虫は、頭部の先に伸びた極端に長い口吻を用いてツバキの果実を穿孔し、果実内部の種子に産卵を行う。このゾウムシ雌成虫の攻撃に対し、ツバキ側も極端に厚い果皮という防衛機構を発達させている。日本の高緯度地方ではヤブツバキの果皮は比較的薄く、ツバキシギゾウムシの口吻も比較的短いが、低緯度地方では果皮厚と口吻長の両者が増大するという地理的なクラインが見られ、気候条件に応じて両者の軍拡共進化が異なる平衡状態に達したと考えられる。日本15集団の調査により口吻長と果皮厚には直線関係が見られ、また、両形質が増大した集団ほどゾウムシの穿孔確率が低いツバキ優位の状態にあることが東樹と曽田の研究により知られている。ここではツバキとゾウムシの個体群動態に、口吻長と果皮厚という量的形質の共進化動態を結合したモデルにより、共進化的に安定な平衡状態における口吻長と果皮厚との関係、穿孔成功確率、それらのツバキ生産力パラメータや果皮厚と口吻長にかかるコストのパラメータとの関係を探った。理論の解析により、(1)ツバキ果皮厚と、ゾウムシの進化的な安定な口吻長との間には、口吻長にかかるコストが線形であるときには直線関係があること、(2)コストが非線形であるときにも両者には近似的な直線関係があること、(3)南方の集団ほどツバキの生産力が高いとすると、緯度が低下するほど果皮厚と口吻長がより増大した状態で進化的な安定平衡に達すること、(4)ゾウムシの口吻長にかかるコストが非線形である場合、ゾウムシの平均口吻長が長い集団ほどゾウムシによる穿孔成功率が低くなることを見いだした。これは東樹と曽田が日本のヤブツバキとツバキシギゾウムシとの間に見いだした逆説的関係であり、ツバキシギゾウムシ口吻長には非線形コストがかかると示唆された。平均穿孔失敗率と口吻長との間に期待されるベキ乗則の指数から、ゾウムシの死亡率はその口吻長の2.6乗に比例して増加すると推定された。