著者
佐々木 正輝
出版者
岩手大学
巻号頁・発行日
pp.1-53, 2010

現代社会はストレス社会ともいわれ,私たちには様々なストレスがのしかかっている。フラストレーション事態や葛藤に陥った時,理性的に対処して合理的解決ができず,非生産的で不適切な行動に走ってしまう人を社会不適応という。この不適応の反応様式は多岐にわたるが,二つに大別され,自己内に逃避する消極的なものを非社会性,外部に向かって攻撃的,破壊的反応をとるものを反社会性という。高度経済成長をとげ,国民生活が向上し,便利生活が享受できるようになった昨今,そういった時代に生まれた私たちは,不健全な欲望に対する自己抑制力や逆境に対する耐性が弱くなってきていることは否めない。同様に,高度情報化はそれらの問題に拍車をかけ,前述の非社会性を有した人々の逃げ場になっていると同時に,押しつぶされた反社会性の集積した場所になっている。一昨年6月の秋葉原連続殺傷事件といった凶悪犯罪が,近年たびたび日本のマスメディアを騒がせている。こういった猟奇的な殺人事件を起こす人間とは,いったいどんな人間なのだろうか。一説によると,この秋葉原連続殺傷事件の犯人は,神戸連続児童殺傷事件 (1997年) の犯人 (酒鬼薔薇聖斗・逮捕時14歳) や2000年の西鉄バスジャック事件の犯人 (ネオむぎ茶・逮捕時17歳) と,世間から注目を集めた少年犯罪と同世代 (同学年・1982年4月2日 - 1983年4月1日生まれ) であることから,「理由なき犯罪世代」として世代論について語られたこともある (産経新聞2008年6月11日) 。犯罪とパーソナリティの関係を考えると,凶悪犯罪者,重大犯罪者に多いとされるのが,サイコパスや,反社会性パーソナリティ障害 (ASPD) である。彼らは,社会規範に沿うことができない,自身の利益のために嘘をついたり人を操作したりする,衝動的で暴力行為に及ぶ傾向がある,無責任で自身の行為に自責の念をもたないといった性質をもち,集団生活において様々な不利益をもたらす場合がある。その性質上,犯罪を繰り返す人,快楽犯罪者などの意味で使われることが多い。また,サイコパスやASPDは,一般人口よりもこの障害を持つ人の生物学的第一度近親に多く,遺伝的要因を含んでいることがわかっている。一方でふつうの人々は罪を犯してしまう前に,自身の理性がブレーキをかけ,その行為を抑制する。犯罪者はそうした衝動性を止めることができずに実行に移してしまう点が一般の人々とちがうということができ,前述の遺伝のことを考えると,そこに何らかの先天的要因が存在すると予想できる。先天的なパーソナリティにおけるブレーキと考えられるのが,下記のCloninger理論における損害回避という概念である。Cloniger理論とは,気質と性格の7次元で構成され,パーソナリティと遺伝子多型との関連性の研究で,近年注目されている理論である。気質は先天的で,そのうち新奇性追求 (HA) ,損害回避 (HA) ,報酬依存 (RD) は,それぞれ,中枢神経内のdopamine,serotonin,norepinephrineの神経伝達物質の分泌と代謝に依存していると想定される (Cloninger,1987) 。中枢神経系内のserotonin分泌と関連があるとされる損害回避は,車でいえばブレーキに当たる存在であり,この傾向が強いと,不安を感じやすく,悲観傾向が強いとされる。一方で,この傾向が弱いとのん気で,危険行動を起こしやすいとされる (木島ら,1996) 。また,犯罪の生理学的研究として,犯罪者の脳波研究も古くから盛んに行われている。著者は学部時代から脳波について学ぶ機会に恵まれ,これまでも何度か測定を行ってきた。犯罪と脳波に関する研究は,従来,犯罪者に対するものがほとんどであり,犯罪行為に走る要因や,パーソナリティと脳波に関する研究は活発には行われてこなかったようである。そこで,本研究では,犯罪と深くかかわっている反社会性と損害回避の関連を明らかにすること,また,反社会性と脳波の関連を検証していくことを目的とする。
著者
佐々木 正輝 菅原 正和 SASAKI Masaki SUGAWARA Masakazu
出版者
岩手大学教育学部附属教育実践総合センター
雑誌
岩手大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 (ISSN:13472216)
巻号頁・発行日
no.8, pp.107-117, 2009

文部科学省のアンケート調査(2008)では,いじめられたことを親や教師にいう児童は約3割弱,いじめられた児童が在籍する学級の担任教師の約4割が「自分の学級にいじめはない」と答えている現状を指摘している。教師が日常の教育実践の中で行う児童理解は,日常観察や言葉かけなどの面接法が主となっており、児童の表面的な行動や態度だけを見て「自分の学級にいじめはない」などと判断するのは危険である。いじめや不登校等の問題が生じてからから対応する後追い型の指導-ではなく,児童同士のふれあいを深め,問題を起こさない予防的指導の重要性が指摘されている。囲分.・中野(2000),図分.・図分(2004)の「育てるカウンセリング」は,いじめや不登校の予防を意識して考案されたカウンセリング技法である。学級における望ましい人間関係づくりに有効と思われる構成的グループ.・エンカウンター(SGE)のねらいは,エンカウンターの具体的な体験である自己知覚,感情表現,自己主張,他者受容,宿頼感,そして役割遂行をとおして,参加者間の人間関係をつくり,参加者の自己発見を促進し,人間関係を援助することである。本研究は,SGEの継続的な実施によって,小学生の学校生活満足度や,学校生活意欲度に及ぼす影響を検証し,学校心理士やスクールカウンセラー(SC)の介入法の一助になることを目指している。 SGEの実施効果を検証した報告は多数あるが<例えば,石隈,1999 ; 四杉・加藤,2003 ; 田上,2003a,2003b>,本研究の特徴は,(i)学級担任以外のリーダーが学級のアセスメントを行い,SGE実施後の学級担任-のコンサルテーションの有効性を検証していることと,(ii)学校現場は,即効性.・実効性をどうしても求めるので,吹の3点を注視しながら,SGEが学校生活満足度,学校生活意欲度の向上にどの程度影響を及ぼすかを分析した点にある。 (1) 3校10クラスにおいてSGEエクササイズを学級活動や道徳活動に盛り込み,約1か月程度の短期集中プログラムとした。 (2) 実施前(Pre),実施後(Post),フォローアップ(For)データを取り,各クラスの担任の先生方とコンサルテーションを行い,効果を確認しながら実施した。 (3) 担任以外の外部講師(学校心理士:筆者)が仝10クラスを3時間ずつ(45×3)sGEを実施。これによりスクールカウンセラー(SC)等の学級への介入の方法を探った。